採用活動から推測する 合併した企業への入り時は、いつか?

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今日では一定の規模の企業であれば、創業以来一度もM&Aに関係したことがない企業の方が珍しくなった。M&Aをしたばかりの会社への入社・転職を考えているという方もいるだろう。しかしM&A後に新会社が軌道に乗るまで、経営方針や業務内容、職場のルールが変わったり、異動や退職が普段より活発になるなど不安定な時期がある。会社がどのような状態にあるかを外部から正確に知ることは難しいが、企業の採用活動からある程度推測することができるので、それを紹介したい。

Aさんのケース

 メーカーの営業部に勤務するAさんは、人材紹介会社からX社を紹介された。X社は半年前に日系大手メーカー2社から類似事業が独立し対等合併してできたばかりの会社である。2社とも急激な業績悪化の中で合併前に大規模な人員整理を行っており、AさんはX社の第二創業期に参画するつもりで入社を決めた。ところがその後一年もしないうちに事業が下降し始め、大規模な人員整理が必要となった。Aさんはその対象にはならなかったが、大幅な給与カットと慣れない仕事への異動を命じられた。

 入社・転職する側から見れば、採用を行っている会社の経営状況が悪い、ということはあまり想像しないのではないだろうか。人は新天地を理想化しがちである。しかしAさんのような不幸な転職もある。

M&A後の採用パターン

 M&Aでは二社が一緒になることで機能が重複する部署が生じたり、意思決定に携わる階層が膨らんだり、人員過剰状態になる瞬間がある。そこで一時的に人員の再配置や人員整理の必要が生じることがある。企業の採用活動はこうした調整が一段落して再び成長軌道に乗った時に行われるのが普通だ。ところが中には、採用を行う一方で退職やリストラが並行して行われるケースもある。企業が採用を行う背景を知ることは、入社・転職のタイミングを知る上で重要だ。

例えば採用には次のようなパターンがある。

   ①新会社としてのアイデンティティー・企業風土をつくるための採用
   ②M&A後の事業拡大による純粋な増員
   ③欠員補充のための採用
   ④社内には必要なスキルと経験を持った社員がいないために行う採用

 上記の①では新卒や第二新卒、若手を対象とした採用が行われる。新会社へのアイデンティティーや新会社としての考え方・やり方を吸収しやすい若い社員を増やしていくことで、世代交代を進める。こうした目的の採用を行う企業は明らかに新会社としてテイクオフしたといえる。

 ②では複数の部門、特に営業や製造など直接部門で、若手から中堅を中心に、年間の採用計画をもって行われる(欠員補充ではなく)。これもM&A後の順調な企業成長が推測される。①と②のケースは新会社が長期的な人材投資をする意思と企業体力があることを意味していると考えていいだろう。

 ③④の場合は、即戦力を対象とした不定期な採用となる。③の場合は少し注意が必要だ。採用計画に基づいて行う場合と違い、間断なく欠員補充を行っている場合は、M&A後のマネジメントの失敗で人材流出が起こっているのではないか、ドラスチックな人事方針が導入されたのではないかと疑ってみたくなる。④の場合も、採用人数が多い場合や、上級管理職ポストでの採用が多い場合、経営方針と人材要件の乖離(かいり)の大きい、厳しい状況である可能性がある。

チェックポイント

 上記のように、採用の背景はいろいろだ。会社の成長期に入社し、会社とともに自分も成長できれば幸運だ。就職・転職に当たっては給与やキャリアパスなどの労働条件や仕事内容といった点をチェックするのはもちろんだが、会社の安全性(今入社して大丈夫か)といった側面から、筆者なりのチェックポイントを紹介する。

①企業の採用活動の背景

 上記で述べたとおり、企業の採用活動は人材投資への意志や企業体力のバロメーターである。よって、自分が応募するポストについてだけでなく、その会社が他にどのような部署や職位でどのくらいの人数を採用しようとしているか、つまりその企業の採用計画について情報収集することをお勧めする。

②M&Aを実施した背景

 そもそも何のためにM&Aが行われたのかを知ることで、その企業や産業が抱える課題が見えてくる。M&Aを行う企業には、それをしなければ生き残れない経営環境がある。なお救済型M&Aだった場合は、そうでない場合より、社内でドラスチックな改革が行われることが想定される。

最後に

就職・転職においては、自分が会社の求める採用要件を満たしているかはもちろん重要なことではあるが、会社に選ばれるだけでなく、自ら選ぶ、というスタンスも持っていて欲しい。通常私たちが実際に会社を選ぶ時には、一緒に仕事をしてみたい人がいる、処遇がよい、仕事が面白そう、といった理由で決めることが多い。しかし本稿では、明らかにリスクのある会社を避けようという観点からコメントした。M&A後の組織によくある不安定や不確実性は個人がなんとかできるものではないことが多い。流動的な状況にこそチャンスがある、と考える人も、冷静なリスク分析は不可欠だ。

文:オフィス・グローバルナビゲーター 森 範子/編集:M&A Online編集部