キャラメルボックスのネビュラプロジェクト倒産にみる芸術と経営

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演劇集団「キャラメルボックス」を運営していたネビュラプロジェクトが、6月に倒産しました。キャラメルボックスは俳優・上川隆也さんが所属していたことで知られ、最盛期の総観客動員数は12万人を超える人気劇団でした。

黒字化が極めて難しい演劇業界での成功例として、よく知られる存在でした。2006年1月期の売上高は10億1000万円。ファンクラブの会員は1万7000名を超えていました。

しかし2018年1月期の売上高は5億円ほど。2019年5月末にキャラメルボックスが活動休止を発表しました。

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宮崎駿氏の世界観に感化された成井豊氏の脚本

今回倒産したネビュラプロジェクトは、キャラメルボックスの運営母体となる会社です。キャラメルボックスの公式ホームページで活動休止としている通り、劇団そのものが解散したわけではありません。

キャラメルボックスは、早稲田大学の演劇サークル出身の成井豊氏と加藤昌史氏が1985年に立ち上げました。1991年にキャラメルボックスの製作やマネジメントを行う企業として、ネビュラプロジェクトを設立しています。代表取締役社長に加藤昌史氏が就任しました。

数年で消える劇団が星の数ほどいる中、キャラメルボックスが人気を獲得していたのは、なぜでしょうか?

理由は2つあります。俳優の上川隆也さんがテレビドラマに起用されて人気に火がついたことと、成井豊氏の「誰でも楽しめる」ことを貫いた脚本・演出です。

1990年の観客動員数は1万人ほど。しかし、95年に上川隆也さんが山崎豊子原作のドラマ「大地の子」に起用されると、潮目は大きく変わります。1998年には年間4万人を突破。やがて12万を超えるまでになりました。

作品は「時をかける少女」「流星ワゴン」「ナミヤ雑貨店の奇蹟」などの人気小説を原作にした舞台や、時代劇「TRUTH」、SF「キャンドルは燃えているか」などのオリジナルまで幅広く取り扱っています。

脚本・演出を担当していたのが成井豊氏です。

キャラメルボックスの舞台が若い女性に支持された理由は、成井氏の世界観が宮崎駿氏が描くものに極めて近かったためと考えられます。

成井氏は「好きな映画を10本選べと言われたら、『ルパン三世カリオストロの城』、『天空の城ラピュタ』、『となりのトトロ』と、3つが宮崎駿氏の作品になる」というほどの宮崎ファン。「耳をすませば」では、自らが声優もつとめました。

キャラメルボックスの作品は、一貫して「わかりやすさ」にこだわっており、人の可笑しさや悲しさを温かい目線で見つめていました。これは宮崎アニメの世界観そのもの。それが若い女性を惹きつけたのです。

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作品創造のシステム化に至らなかった

演劇がヒットする要素は2つあります。1つはスターがいること。もう1つは、普遍的な作品を安定して供給することです。

前者の典型的な例が役者にファンをつける歌舞伎です。後者が全国に専用劇場を設ける劇団四季です。この2つは、演劇のヒット要素をシステム化し、末永く集客できるプロセスを作り上げました。

キャラメルボックスは、上川隆也さんというスターが一般的な認知を獲得し、成井豊氏が優れた作品を生み出して長期的な集客に成功しました。

宣伝活動やマーケティングも先進的でした。演劇ジャンルでいち早くDVDに注目し、販売しています。2015年にはDMM.comで公演映像の配信サービスも開始していました。

高校演劇部でも人気があり、一部作品の台本を出版して上演しやすい形にしています。演劇振興に貢献しつつ、キャラメルボックスファンの裾野を広げていったのです。

しかし、結果としては34年で幕を閉じることとなりました。成井豊氏の作家性に依存してしまい、作品を生み出すプロセスをシステム化できなかったことが、衰退を招いた原因の一つと考えられます。

また、2.5次元というマンガ・アニメと演劇を融合させた新しいエンターテイメントが、女性客を刈り取りました。この演劇形態は台本を人気マンガ・アニメに依存しているため、作品を安定的に舞台化することができます。

演劇をシステム化しなければならないのはなぜでしょうか。

収支モデルを正確に組むためです。


世界に劣るわが国の文化予算

劇団の収入は、チケット代や映像化収入、グッズの販売と単純です。しかし、ヒットするかどうかは、予測がつきません。

支出は舞台の制作費(照明、衣裳、舞台装置など)、劇場使用料、スタッフの人件費、地方公演の移動交通宿泊費、そして役者のギャラなど、複雑で多岐にわたります。チケットの売れ行きが悪いからといって、照明や衣装にかかる費用を途中で削るといったことができません。

収入と支出の予測が立てづらく、極めて難しい商売なのです。

また、演劇などの文化芸術に対する、日本の冷めた目も、運営の難しさを一層厳しいものにしています。下の表は国家予算に占める文化予算の割合です。

文化予算と寄附額
文化芸術関連データ集より「文化予算と寄附額」


日本の文化予算の割合は0.11%(1032億円)。フランスの1.06%(4474億円)、韓国の0.87%(1418億円)などと比べると見劣りします。

アメリカは0.03%(806億円)と少ないですが、一方でGDPに占める寄付の割合が1.67%(20兆4000億円)と莫大。日本は0.13%(6300億円)に過ぎません。

文化・芸術を発信する劇団は、自治体や企業の支援に過度な期待もできず、暗中模索を続けている状態なのです。

今回のネビュラプロジェクトの倒産は、芸術のありかたと経営の難しさを突き付けるものとなりました。

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