逆徴用工訴訟・日本企業は戦前に韓国で残した資産を取り戻せるか

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元徴用工への補償問題で、韓国の裁判所が出した日本製鉄<5401>の資産差押命令を同社が受け取ったと見なす「公示送達」の効力が2020年8月4日に生じ、資産売却に向けた動きが本格化する。日本政府は直ちに猛反発し、日本製鉄も不服を申し立てる即時抗告をすると発表した。

一方、日本企業でも韓国国内に戦前の資産を残したまま引き揚げたケースが少なくない。日本企業がこうした残留資産の返還あるいは補償を、韓国の政府や企業に求める訴訟は起こせるのか?結論を言えば可能だ。

日本の韓国残留資産は当時の価値でも2兆円近い

たとえば韓国財閥SKグループの前身は、鮮満綢緞(ちゅうたん)と京都織物の2社が合併して発足した鮮京織物という日本資本企業だった。ところが終戦で日本人経営陣が引き揚げ、韓国人従業員に払い下げられている。

日本企業が韓国に残した資産は、現地に進駐した米軍が接収した後に韓国に譲渡された。韓国政府は譲渡された資産を国有化したり、民間に払い下げたりした。植民地支配を担った旧朝鮮総督府や2373社の民間企業、個人の資産を含め、韓国に残した日本側の資産総額は当時の価値で52億ドル(1ドル=360円換算で1兆8700億円)との推定もある。

日本政府は1965年の日韓請求権協定で「解決済み」なのは両国が国家責任を追及する国際法上の外交保護権であり、韓国に対する個人請求権は消滅していないとしている。これは日韓請求権協定で個人補償までもが「解決済み」と解釈した場合、韓国に対する請求権が消滅した日本企業や日本人への賠償責任を日本政府が負うことになるためだ。

国内で補償判決が出れば、政府は対応に苦慮

日韓請求権協定を締結した翌年の1966年に、同協定の交渉を担当した谷田正躬外務事務官は「協定で放棄されるのは外交保護権にすぎないから、日本政府は朝鮮半島に資産を残してきた日本人に補償責任を負わない」と説明している。

つまり「韓国に残してきた資産を取り戻したかったら、日本政府ではなく韓国の政府や企業を訴えろ」ということだ。1991年にも柳井俊二外務省条約局長が日韓請求権協定について「個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではない」と答弁し、日本政府が日韓請求権協定に基づいて国内企業や国民に残留資産の補償をする必要はないとの立場を貫いている。

日本企業が韓国企業を相手取り、残留資産の返還や補償を求める訴訟を起こすことは法的に可能なのだ。とはいえ韓国に対して法人や個人の民間補償を「日韓請求権協定で解決済み」と強硬に主張している日本政府だけに、仮に国内の裁判所が「韓国企業は日本企業の残留資産について補償せよ」との判決を下した場合は対応に苦慮することになる。

日本政府が判決を支持すれば、韓国の旧徴用工判決を「根拠がない」とはねつけるのは難しくなる。一方、判決を否定しようにも三権分立の壁が立ちはだかる上に「なぜ政府は自国の企業を守らず、韓国企業を擁護するのか」との厳しい世論が吹き出しかねない。

現在の日本政府の見解は「損害賠償請求権についての実体的権利は消滅していないが、これを裁判上訴求する権利が失われた」。訴訟があれば、その方向で「火消し」を図るだろう。しかし、それは「権利はあるが行使できない」というトリッキーな法解釈と言わざるを得ない。実際に日本企業が韓国の政府や企業に訴訟を起こした場合、国内の裁判所がどのような判断を下すのかは未知数だ。

文:M&A Online編集部