数あるビジネス書や経済小説の中から、M&A編集部がおすすめの1冊をピックアップ。MAに関するものはもちろん、日々の仕事術や経済ニュースを読み解く知識として役立つ本を紹介する。

・ ・ ・ ・ ・

柴田 堅太郎  『中小企業買収の法務』 中央経済社刊

M&Aの法務に関する実務書は数限りないが、その多くは上場企業レベルの比較的規模の大きい案件を想定した内容となっている。これに対し、中小企業のM&Aに特化したのが本書で、レアな一冊といえる。

実は筆者自身、中小企業のM&Aに買主側の法務アドバイザーとして本格的に関与するようになったのは4年前に独立開業してから。それまでかかわってきた大型のM&A案件とは異なる特徴が多く、興味をかきたてられたのが執筆の動機という。

実際、M&Aは経営の選択肢として中小企業にも急速に広がりつつある。一つは後継者不在に直面する中小オーナー企業の事業承継型M&A。息子ら親族への承継に代わって、第3者に事業を引き継ぐ流れが勢いを増している。もう一つは新興ベンチャー企業による「出口(エグジット)」戦略としてのM&A活用だ。

本書は「事業承継型M&A」と「ベンチャー企業M&A」の違いや特質を踏まえ、数多くの事例を紹介しながら、法務上の問題点や解決策を実践的に解説する。

両者の典型的な違いの一つが資本関係。中小オーナー企業の多くは長い業歴を持ち、相続を繰り返すことにより親族内に株式が分散し、株式を買い集めるのが大変な作業になりがちだ。一方、ベンチャー企業の株主は経営株主(創業者)のほか、ベンチャーキャピタル(VC)やエンジェルなどキャピタルゲインを目的とする投資家。IPO株式公開)やM&Aなどエグジットを想定した出資のため、優先株式の規定や投資契約、株主間契約の内容が相当複雑になっている。

言うまでもなく、こうした資本関係の違いはM&Aの交渉上の重要なファクター。とくに、一般の事業会社がベンチャー企業を対象に投資(マイノリティー出資)や買収を進める際、対象会社や純投資家との間で利益相反となる可能性があるが、このあたりの対処法も示唆に富む。

コンプライアンス上の問題しかり。中小オーナー企業で散見されるのが株主総会や取締役会の不開催。議事録があっても、実際に開催されていない以上、法的に株主総会や取締役会の決議は存在しないことになり、M&Aを進める際の障害になる。ただ、中小企業では現実問題として完全に法令を遵守することが難しい場合が少なくない。

本書は買主側を主要な想定読者としている。だが、それ以上に、M&Aという「有事」にあたり、当事者である中小企業にとって買主側の行動や意図を把握するうえで、またとない一冊といえる。

文:M&A Online編集部