「バブルの王様 森下安道 日本を操った地下金融」|編集部おすすめの1冊

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数あるビジネス書や経済小説の中から、M&A Online編集部がおすすめの1冊をピックアップ。M&Aに関するものはもちろん、日々の仕事術や経済ニュースを読み解く知識として役立つ本を紹介する。

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バブルの王様 森下安道 日本を操った地下金融 森 功著、小学館刊

コロナ禍が吹き荒れた2021年1月、1人の経済人が世を去った。「経済人」とはいえ、決して「表舞台」に立った人物ではない。バブル経済「黒幕」の1人で、手形割引業大手アイチの創業者・森下安道の伝記である。森下は愛知県田原市の洋服行商一家の7人兄妹の末っ子として生まれ、洋裁の修行を積んだ後、消費者金融業を開業した次兄を頼りに上京し、街金の世界に入る。

まもなく森下は次兄と袂(たもと)を分かち、街金でも信用手形割引に特化した中小企業向け金融業に参入する。高度成長期の中小企業向け融資は現在ほど充実しておらず、取引先からの支払いも約束手形が中心で実際の納品から入金まで1年近くかかることもザラだった。そうした中小企業が資金繰りで頼ったのが、手形割引や小口金融を手がける中小企業相手の街金だった。

森下は執拗な債権取り立てで「マムシ」の異名をとり、個人営業の街金を業界でも大手のアイチに育て上げる。業容の拡大に伴って、森下の周囲には同業だけでなく、リゾート開発会社や不動産会社、美術商、投資家集団、政治家などが集まる。

バブルの王様

こうした人材をツテに信用手形割引から不動産、ゴルフ場、美術品取引などに事業を拡大し、巨額の資金を手に入れた。それを元手にバブル景気で跋扈(ばっこ)した「バブル紳士」たちへ資金を提供し、さらに大きな利益を得ることになる。

森下の巨額の資金を目当てに「環太平洋のリゾート王」と呼ばれたイ・アイ・イ社長の高橋治則、元山口組系暴力団組長で仕手集団コスモポリタングループを率いた池田保次、投資ジャーナルで一世を風靡した「兜町の風雲児」こと中江滋樹など、一癖も二癖もある人物が集まる。

本書はバブル景気に暗躍した「バブル紳士」たちと森下の交流から、日本を騒がせた経済事件の暗部を明らかにしていく。森下はじめ当事者たちの証言で、事件の生々しい実態と背景が明かされる。

結局、森下はバブル崩壊のあおりを受けて、多くの「バブル紳士」たちと同じく破滅の道を進む。アイチは1996年に特別清算を申請して破綻。その後の森下は不動産業や画廊などを経営して銀座に自社ビルを購入するが、かつての栄光を取り戻すことはなかった。

これはただの「昔話」ではない。日本では2000年代に「ハゲタカファンド」の名が知られるようになるが、その10年も前に日本企業の間で同様の「敵対的M&A」や「事業再生型M&A」が繰り広げられていたのである。

森下もM&Aで巨額の利益を上げており、いわば「第1次M&A時代」のプレーヤーでもあった。買収資金を提供したM&Aの「金主」の多くは正体不明だが、現在の匿名性が高いプライベート・エクイティ・ファンド(PEファンド)の役割と極めてよく似ている。

森下の時代は「カネ余り」が企業買収や不動産投資を過熱させ、日本銀行による土地取引の総量規制をはじめとする金融引き締めが「バブル紳士」の息の根を止めた。最近でも世界的な「カネ余り」で、PEファンドが世界中で巨大M&Aを実現させた。

しかし、欧米を中心にインフレ懸念から金融引き締めの動きが本格化している。PEファンドをはじめとする「M&A紳士」も森下たち「バブル紳士」と同じ運命をたどるのか?それとも彼らとは別の道を進んで生き残るのか?著者には、ぜひ「M&A紳士」たちの動きを追ってもらいたい。(2022年11月発売)

文:M&A Online編集部