「ストーリーで理解する カーブアウトM&Aの法務」|編集部おすすめの1冊

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数あるビジネス書や経済小説の中から、M&A Online編集部がおすすめの1冊をピックアップ。M&Aに関するものはもちろん、日々の仕事術や経済ニュースを読み解く知識として役立つ本を紹介する。

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「ストーリーで理解する  カーブアウトM&Aの法務」 柴田堅太郎編著、中田裕人著 中央経済社刊

M&Aの対象が会社なのか、それとも事業なのか。後者にフォーカスしたのが本書。タイトルにある「カーブアウトM&A」は事業の切り出しを伴うM&Aを指す。だが、ディールブレイク(取引の中止)に終わることもしばしばで、M&Aの「最困難」類型だという。

ストーリーで理解するカーブアウトM&Aの法務

株式譲渡による企業買収と異なり、カーブアウトM&A固有の難しさは「スタンドアロンイシュー」と呼ばれる問題にほぼ集約される。譲渡対象となる事業とそのまま残る他事業とで共用している資産、人材、契約関係といったさまざまな経営資源を、売主と買主との間でどう配分するかということが最大の争点となるからだ。

その代表格の一つが特許などの知的財産権の帰属や利用を巡る問題。取り扱いを誤ると、買主は承継した事業の運営に支障を来すことになり、売主においても会社に残る他事業の運営に深刻な影響を及ぼすおそれがある。

本書は430ページに及ぶ“大作”。分量に圧倒されそうになるが、その心配は案外ないのかもしれない。カーブアウトM&Aの各プロセスについて、ストーリーパートと解説パートの2部構成としている。

ストーリーパートは、創業120年を誇る伝統的大企業のサンクチュアリ工業が舞台。祖業でかつての花形だったが今や不採算部門化した「ダイナスティ事業」を、ディールブレイクになりかけながらも、カリスマ創業者が率いる新興の大手IT企業「ブレイブ・ホールディングス」に売却するまでの物語(フィクション)が用意されている。

著者の柴田堅太郎弁護士は「こんな大変そうな事例あるわけない、というくらいカーブアウトM&Aという取引類型の難しさを全部入りのようなエピソードと論点を盛り込んでみたつもり」と明かす。

全8章中、最も多い100ページを割いたのが「セラーズ(売主)・デューデリジェンス」に関する第3章。デューデリジェンス(買収監査)は買主が行うのが一般的だが、カーブアウトM&Aではスタンドアロンイシューを見極めるうえでも売主によるデューデリジェンスが有用だとし、そのポイントを丹念に解説した。

2018年に改訂されたコーポレートガバナンス・コードでは資本コスト(株主の期待収益率)の把握と、これを踏まえた事業ポートフォリオ見直しの必要性を明示した。

損益計算書上は黒字であっても、資本コストを下回る事業は持続可能性を失っている状態であり、回復が難しいと見込まれた段階で売却を決断することが望ましいとされた。早期の決断こそ、事業切り出しを行う企業のみならず、当該事業の従業員の利益になるとの考え方に基づく。

今求められるカーブアウトM&Aの実践を知るうえで打ってつけの一冊だ。(2022年12月発売)

文:M&A Online編集部