数あるビジネス書や経済小説の中から、M&A Online編集部がおすすめの1冊をピックアップ。M&Aに関するものはもちろん、日々の仕事術や経済ニュースを読み解く知識として役立つ本を紹介する。
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「図解 はじめての事業分離・売却」EYストラテジー・アンド・コンサルティング編、中央経済グループパブリッシング刊
M&Aとは「Mergers and Acquisitions」の略だ。企業の「合併と買収」という意味で、「買う」側の用語だ。そのため「分離と売却」という「売る」側の視点で語られることは少なかった。本書は自社の事業や子会社を「売る」ために必要な知識やチェックポイントを図解入りで分かりやすく解説している。
最初に事業や子会社の分離や売却についての概論や難しさなどに触れ、売却する事業や子会社の決め方、意思決定から具体的な売却プロセスを順に説明していく。
売却戦略の立て方や、構想・計画をどう展開していくのか、事業分離や売却の際に決めなくてはいけない労務、法務、税制の問題などを一つ一つ丁寧に解説する。
本書の特徴は日本では「後ろ向き」に捉えられがちな事業や子会社の売却を、「自社」はもちろんのこと「売られた事業・子会社」や「買った企業」にとっても利益がある「三方良し」でなくてはならず、そうするために必要なプロセスという位置づけで書かれていることだ。
売却する事業や子会社の価値を向上する「価値創造」や、人材、調達、ITシステム、契約・許認可など本体と親会社に依存していた要素が売却によって切り離されても健全経営できるのかという「スタンドアロン課題」の解決に向けた取り組みが提示されている。
事業の「選択と集中」が「不採算部門の切り捨て」で終わってしまってはもったいない。売却する事業や子会社の価値が上がり、自社のサポートなしに健全な経営ができるようにしておけば、譲渡価格交渉などで有利となり自社にとってもメリットが大きい。
「事業価値が上がり、単独で存続できるような事業なら、何も手放すことはないのでは?」と思うかもしれない。しかし、自社が取り込んでいれば10%成長がせいぜいだが、他社の下では業種の相性やブランド、サプライチェーンなどの条件が良くなり20%は成長できるという事例もざらにある。
より高い成長が期待できるステージに自社の事業や子会社を送り出すことで、「三方良し」のM&Aが実現できる。企業がそうした「広い視野」を持つことで、日本のM&A市場は健全に成長するのだ。その意味で本書はM&Aの「指南書」であると同時に「哲学書」でもあると言えるだろう。(2021年9月発売)
文:M&A Online編集部