数あるビジネス書や経済小説の中から、M&A Online編集部がおすすめの1冊をピックアップ。M&Aに関するものはもちろん、日々の仕事術や経済ニュースを読み解く知識として役立つ本を紹介する。
「買収起業 完全マニュアル」ウォーカー・デイベル 著、三木俊哉訳、神田昌典監修、実業之日本社刊
世はベンチャー・スタートアップブームだ。青雲の大志を抱く若者や仕事のやりがいや巨額の富を求めての脱サラ組、さらには子育てが終わった主婦まで。性別、年齢、学歴…それら全てを超えて数多くの起業家が誕生している。政府も起業を「日本経済立て直し」の有効手段として手厚い支援策を展開している。
だが、そうやすやすとブームに乗っかっていいのか?本書は無邪気なベンチャー・スタートアップブームに警鐘を鳴らす1冊だ。とはいえ「起業」を否定しているわけではない。著者は本書で「もっと良い手があるじゃないか」と呼びかける。それが「買収起業」だ。
著者によるとスタートアップで生き残るのは、わずか10%。実に90%は「討ち死に」する。生き残ったとしても、ネット配車サービスの米ウーバーのような大企業に育つのは極めてまれで、大半は中小企業だという。
しかし、既存の企業を買収すれば、90%が脱落する「死の立ち上げ期」を回避できる。いわば予選を免除されてシード権を得るのと同じだ。
既存の企業にはすでに「顧客と社員がおり、ブランド認知があり…売上と利益がある」。その全てがないことが、スタートアップの「大量死」につながっているのだ。
とはいえ、企業買収には資金が必要。そもそも資金がないからスタートアップで0から起業するのだ。これについて著者は「思ったより難しくない」と主張する。
著者は元手として必要な資金は、わずか6万5000ドル(約714万円)という。平均的な起業資金や住宅購入資金と変わらないという。もちろん、この金額で買えるような零細企業で利益は期待できない。この資金に米中小企業局(SBA)が後ろ盾となる融資を組み合わせれば、最大で65万ドル(約7140万円)の企業を買収できる。
米国では毎年50万社の中小企業が買収されているという。ある意味「よりどりみどり」で中小企業を買収できる。ただ投資のリターンを得るためには「どんな会社でもよい」わけではない。買収する企業を選ぶ「眼力」がなければ、決して成功しないのだ。
本書では買収する企業(ターゲット)の選び方や事業の分析と評価、実際の買収交渉(ディール)のやり方と留意点について詳しく説明している。本書はあくまで米国での買収を前提とした内容なので、日本にそのまま適用できるわけではない。
日本には「一国一城の主」という気風を持つ中小企業経営者が多く、「生涯現役!自分の会社を売るなんてとんでもない」と頭から相手にしてもらえないことも珍しくない。しかし、経営者の高齢化や後継者不足、M&Aの認知度向上などもあって、買収も「当たり前」のことになりつつある。
本書は買収で「起業」したい個人だけでなく、新たな「成長の芽」を探る企業にとっても参考になるはずだ。一から新規事業を立ち上げるよりも、実績がある企業を買収する方がノウハウや人材、販路も確保できるため短期間で参入できるだろう。企業の本棚に置きたい1冊だ。(2021年5月発売)
文:M&A Online編集部