数あるビジネス書や経済小説の中から、M&A Online編集部がおすすめの1冊をピックアップ。M&Aに関するものはもちろん、日々の仕事術や経済ニュースを読み解く知識として役立つ本を紹介する。
『ロッキード』真山 仁著、文藝春秋刊
ロッキード事件と聞いても、今ではぴんと来ない人の方が多いかもしれない。総理大臣経験者の逮捕に発展したこの歴史的な大事件が起きたのは1976(昭和51)年で、すでに半世紀近くが経過する。
田中角栄は総理在任中に米ロッキード社による大型旅客機「トライスター」の全日空への売り込みに際し、5億円の報酬を受け取り、口利きをした罪を問われた。事件当時、著者は中学2年生。日本国中が受けた衝撃と角栄憎しのうねりを実感として記憶する一方で、一連の騒動にはその頃から違和感を覚えていたという。
いうまでもなく著者はM&Aの世界を舞台とする「ハゲタカ」シリーズなどのヒット作で知られる経済小説の第一人者。その氏が積年の思いを解き放つべく、初の本格的ノンフィクションとして取り組んだのが本書。全591ページ。入手できる資料を漁りつくし、細かい糸をたどって関係者にあたり時には初めて明かされる新事実に驚愕したと明かす。
高等小学校卒の角栄は庶民宰相として国民の熱狂的喝采で迎えられたのもつかの間、一転、金権政治家のレッテルとともに被告の身に。昭和が日に日に“風化”する中、戦後最大とされる疑獄事件を巡っては、今なお多くの疑惑や不可解さが残る。米国が仕組んだ事件だったのではないか、角栄はなぜ葬られたのか…。時に小説家として妄想を膨らませつつ、事件の再解析に挑む。
ロッキード事件は実は日本にとどまらない。戦闘機の調達に関連してオランダ、イタリア、西ドイツ(当時)、ヨルダンなど欧州、中東の政財界を巻き込んだ世界的な裏金工作が明るみになった。
これに対して、元総理の逮捕にまで突き進んだのは日本だけ。しかも日本では戦闘機ならいざ知らず、民間航空機の機種選定が総理の職務権限に含まれるとの法解釈がなされ、外為法違反、受託収賄罪で起訴された。
角栄の失脚でまことしやかに語られてきたのが米国の陰謀説。第一次石油ショックを受け、親アラブに外交のカジを切った角栄を警戒し、追い落としを狙ったというものだ。本書ではどういう見立てを示しているのか、このあたりも読んでの楽しみの一つだ。
本書のタイトルは「ロッキード」といたってシンプル。「事件」の2文字を入れず、副題も一切ない。ロッキード事件に向き合うことは即ち、戦前戦後を通じた日米関係、戦後の米ソ冷戦、日本の高度経済成長と公害問題に象徴されるひずみ、保守政治とそこに巣くう宿痾などを改めて検証する作業であり、昭和史を総括することにほかならない。そんな著者の意図が確実に伝わってくる。(2021年1月発売)
文:M&A Online編集部