富士フイルムホールディングス<4901>の抗インフルエンザウイルス薬「アビガン」(一般名=ファビピラビル)が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬として注目されている。政府も2020年5月中という異例のスピードで薬事承認を目指す。しかし、その「アビガン」にピンチが忍び寄っている。薬効や副作用ではない。「時間切れ」である。
「アビガン」が薬事承認を受けるためには、臨床研究による有効性や安全性の検証が必要だ。現在、藤田医科大を中心に3000例近い投与が実施されており、「アビガン」を製造する富士フイルム富山化学は同6月末までに治験を終了する予定だった。政府は1カ月以上の前倒しで承認に向けて動き出したわけだ。
その背景には新型コロナ感染者数のピークオフ(峠越え)がある。もちろん世界規模で拡大した感染症には「第2波」の感染拡大が起こる可能性もあり、「第1波」が収まったとしても「アビガン」などのコロナ治療薬を見つけておくことは重要だ。
問題はその治療薬を見つけるための治験が「時間切れ」になってしまうこと。ガンなどの非感染症は患者がいない時期などなく、いつでも治験できる。一方、新型コロナのように爆発的に感染が拡大する病気の多くは一過性であり、患者が急増する半面、減少も早い。そのため十分な治験を完了する前に感染者がいなくなるケースも出てくる。
事実、日本で初めてコロナ治療薬と認められた米ギリアド・サイエンシズの抗ウイルス薬「レムデシビル」も、中国で「二重盲検ランダム化プラセボ対照試験」を同4月までの予定で実施していた。
ところが中国国内で感染者数が激減した結果、試験は停止に。実施できた臨床試験は237例と少なく、治験としては不十分に終わった。欧州や日本でも感染者増のピークは脱しつつある。治験の対象となる新型コロナ感染者数は減少に転じているのだ。
「アビガン」に限らず新薬あるいは新しい用途で使われる既存薬には、薬効や副作用について十分な件数の治験が必要だ。「おそらく効くだろう」「副作用は少ないはずだ」では、後に重大な薬害事件を引き起こすことになりかねず、政府も承認してくれない。安全な薬を使いたい医師や患者だけでなく、製薬会社にとっても治験件数の確保は「命綱」なのである。
ギリアド・サイエンシズが同8日に「レムデシビル」を日本に無償提供すると申し出たのも「善意」というより1件でも多くの治験データを得るためだ。同社はすでに世界中で14万人分の「レムデシビル」を無償提供すると発表している。
日本政府も負けてはいない。同7日に国際連合を通じてフィリピンやマレーシア、ベルギーなど44カ国に「アビガン」の無償供与を始めた。最終的には80カ国以上への無償供与を目指す。無償供与の条件は、投薬による症状改善など医療データの提供だ。
新型コロナの「第2波」が来れば、効果的な治療薬を持つ国は医薬品のグローバル市場で優位に立ち、莫大(ばくだい)な利益を得るのは間違いない。外交の切り札にもなるだろう。それだけに新型コロナ治療薬の開発競争はデッドヒートし、世界中で治験対象となる「感染者の奪い合い」が起こっているのだ。
文:M&A Online編集部