【アサヒグループホールディングス】欧州ビール事業4社大型買収までの布石

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欧州ビール事業4社大型買収までの布石

 1869年に初めて日本で発売されたビール。そこに端を発する我が国のビール産業は、酒税法と免許制によって保護された典型的な規制産業であった。ただ昨今は国内需要の大幅な伸びは期待できず、限られた市場でのシェア争いが繰り広げられている。戦後は長らくキリンビールがシェアトップに君臨してきたが、アサヒグループホールディングス<2502>(以下アサヒ)。が87年に販売した「アサヒスーパードライ」の大ヒットがその勢力図を一変させ、アサヒが首位を奪取したのは記憶に新しい。

 しかしながらその後、酒税法改正などにより2000年以降の国内ビール市場は縮小に転ずる。ビールに代わり、発泡酒や新ジャンル(いわゆる第3のビール)が売上数を伸ばすこととなるが、市場のシュリンクを食い止めるほどには至っていない(下図グラフ参照)。

(出典:アサヒ2015年第2四半期ファクトブックより)

■アサヒの海外戦略

 そこで重要となるのが海外戦略である。近年でこそ、アサヒによる巨額な海外投資が目を引くが、振り返ると海外戦略には大きな失敗があった。

 91年、アサヒはビールの世界市場進出を目指し、オーストラリアでシェア第1位のビール会社、フォスターズ社(以下、フォ社)に対して840億円の出資を行った。フォ社への出資に伴う負債の金利分は、フォ社からの配当で賄うはずであったが、実際は配当どころではなかった。経営内部の対立で経営再建もできず、結局、97年にアサヒは保有していたフォ社株の大半を売却してしまったのだ。売却により550億円戻ったものの300億円近い投資損となり、アサヒの海外戦略は失敗に終わった。

 その後、売上拡大の一方で効率化を掲げ、年間規模で100億円規模のコストダウンを進めるため00年代前半には財政の再建に取り組んだ。その結果、00年代中盤から再び海外、特に中国およびオセアニアを中心とした海外への投資を再開することとなる。

 アジア、オセアニア地域に加えて欧州での事業の拡大を図る経営計画を策定。16年2月には、ベルギーのビール世界最大手アンハイザー・ブッシュ・インベブ(ベルギー)との間で、英国ビール大手のSABミラーが保有するビールブランド「ペローニ」と「グロールシュ」「ミーンタイム」など欧州4事業を買収することに合意したと発表した。アサヒの15年12月期の海外売上高比率は13.5%だったが、この買収により、海外売上高比率は約18%に拡大する見込みとしており、同業他社に比べ遅れが目立っていた海外展開を強化した。

■アサヒホールディングスが行った主なM&A

年月 内容
1889.11 朝日麦酒の前身である大阪麦酒会社設立。日本麦酒醸造会社、札幌麦酒も相前後して創立
1982.5 「アサヒビール」 新発売
1906.3 大阪麦酒、日本麦酒、札幌麦酒の3社合同により、大日本麦酒設立
1944 大日本麦酒の薬品部門を分離し、大日本ビタミン製薬(現・アサヒフードアンドヘルスケア」設立
1949.9 朝日麦酒設立(過度経済力集中排除法により、大日本麦酒は、朝日麦酒と日本麦酒に分割)
1949.10 東京証券取引所上場。その後11月に大阪証券取引所、11月に名古屋証券取引所上場(2003年上場廃止)
1954.8 「ニッカウヰスキー」に資本参加
1972.3 三ツ矢ベンディング(現・アサヒ飲料)設立
<1980年代のM&A>
1982.11 レーベンブロイ社(ドイツ)と提携
1987.3 日本初の辛口生ビール「アサヒスーパードライ」発売
1988.7 アサヒビールワイナリー(現・サントネージュ)設立
1988.10 アサヒビール飲料製造(現・アサヒ飲料)設立
1989.1 朝日麦酒をアサヒビールに社名変更
<1990年代のM&A>
1990.9 アサヒビール飲料(現・アサヒ飲料)設立
1992.3 アサヒビール食品(現・アサヒフードアンドヘルスケア)設立
1994.1 中国のビール会社3社へ資本参加、各社と技術供与、ライセンス契約を締結し中国への本格進出開始
1995.12 伊藤忠商事と共同で「北京啤酒朝日有限公司」と「煙台啤酒朝日有限公司」の経営権を取得
1997.12 中国の青島ビールなどと合弁で「深圳青島啤酒朝日有限公司」を設立、工場建設に着手
1998.4 アサヒビールU.S.A設立、同年5月にアサヒビール・ヨーロッパ設立
1999.8 アサヒ飲料、東京証券取引所市場第1部に株式上場
<2000年代前半のM&A>
2002.8 アサヒビールとオリオンビールによる包括的業務提携の合意
2002.9 協和発酵工業、酒類事業の譲り受け、マキシアム・ジャパンとの戦略的販売提携契約締結
2002.12 スマイルサポート(現・アサヒフィールドマーケティング)設立
2004.1 伊藤忠商事と中国最大手の食品事業グループである康師傅控股有限公司と中国における清涼飲料事業合弁会社を設立することで合意。
合弁スキームでは、康師傅控股有限公司が清涼飲料事業を分離・独立させ新会社を設立した後、アサヒビールと伊藤忠商事が共同出資する持株会社が、新会社の株式50%を引き受ける。日本側持ち持株会社へのアサヒビールの出資額は120億円で、出資比率80%、伊藤忠商事が20%となる
2004.4 100%子会社である日本ナショナル製罐(売上高174億円)の全株式を東洋製罐に譲渡
2006.5 和光堂(売上高428億円)を株式公開買付け(TOB)により324億円で買収
2007.2 カゴメと業務・資本提携。166億円を投じて株式の10.05%を取得
2007.12 アサヒ飲料の株式515億円を投じて株式公開買付け(TOB)により追加取得。出資比率は51.18%から97.44%に(その後完全子会社化)
2008.6 天野実業(売上高140億円)と資本業務提携。60億円で株式の80%を取得
2009.4 キャドバリーグループの所有するオーストラリア飲料事業(売上高7億オーストラリアドル)を758億円で買収
2009.4 アサヒ飲料がハウス食品のミネラルウォーター事業(売上高121億円)を53億円で買収
<2010年以降のM&A>
2010.8 オーストラリア子会社を通じてピー・アンド・エヌ・ビバレッジズ・オーストラリア(売上高3億オーストラリアドル)の全株式を272億円にて買収
2010.9 中国食品・流通最大手の頂新グループ持株会社へ438億円を出資(6.54%)
2010.10 保有する海外子会社ヘテ(売上高2601億ウォン)の全株式(58%)を LG Household & Health Careに727円で譲渡
2011.7 会社分割による純粋持株会社制へ移行し、アサヒグループホールディングスに
2011.7 ニュージーランド子会社を通じ、公開買付け(TOB)により英国・キャドバリーグループの所有するオーストラリア飲料事業(Schweppes Holdings Ptyほか2社、売上高3160万ニュージーランドドル)を87億円で買収
2011.7 マレーシア第2位の清涼飲料会社Permanis Sdn. Bhd.(売上高127億円)を216億円で買収
2011.8 連結子会社である ASAHI BREWERIES ITOCHU (HOLDINGS)が保有していた杭州西湖啤酒朝日(股份)有限公司(杭州ビール)及び浙江西湖啤酒朝日有限公司(浙江ビール)の全出資持分を華潤雪花啤酒(中国)投資有限公司に37億円で譲渡
2011.8 オーストラリア子会社を通じて、Independent Liquorグループの持株会社であるFlavoured Beverages Group Holdings Limited(売上高3億ニュージーランドドル)の全株式を976億円で買収
2011.9 オーストラリア子会社を通じてピー・アンド・エヌ・ビバレッジズ・オーストラリア(売上高3億ドル)の全株式を149億円で買収
2011.9 森トラストからロイヤルホテルの株式を取得し筆頭株主に(9.7%→19%)
2011.10 一六堂の株式の7.03%を取得
2012.1 アサヒグループホールディングス、水専業会社である豪州Mountain H2O Pty Ltd(売上高3140万オーストラリアドル)の全株式を取得
2012.7 シンガポールの子会社である Asahi Group Holdings Southeast Asia Pte. Ltd.、PT INDOFOOD CBP SUKSES MAKMUR TBKとインドネシアにおいて清涼飲料の製造及び販売を行う合弁会社を設立
2012.10 味の素からカルピス(売上高1074億円)を920億円で取得
2013.6 PT Indofood CBP Sukses Makmur Tbkとの間のインドネシア清涼飲料事業合弁会社、インドネシアにおけるペプシコグループのボトラーである PT Pepsi-Cola Indobeverages(売上高71億円)の全株式を294億円で買収
2014.3 カーライル・グループからチムニーの株式9.1%を取得
2014.6 シンガポール子会社であるAsahi Group Holdings Southeast Asia Pte. Ltd.、Etika International Holdings Limitedよりエチカ社の東南アジアにおける乳製品関連事業各社(12社、売上高217億円)の全株式を334億円で買収
<直近のM&A>
2015.3 関連会社であるシーエフアイの株式を伊藤忠商事から全株式を取得し子会社化
2015.3 ユニゾンキャピタル参加のファンドなどからエノテカ(売上高173億円)を買収
2016.2 アンハイザー・ブッシュ・インベブ(ベルギー)に対し、SABミラー(英国)の買収実行を条件として、SABMiller 社のイタリア、オランダ、英国事業
(売上高単純合計89億4200万ユーロ(1156億円))、そのほか関連資産を取得するための法的拘束力のある最終提案を行ったと発表。買収価額は3297億円(D CF法による)

 海外戦略と同時に進めたのが、ビール以外の事業領域、商品領域への投資だ。01年に買収したニッカウヰスキーについては、創業者をモデルにしたNHK朝の連続テレビ小説『マッサン』が高視聴率をマーク。その影響や折からの海外での日本ウイスキーブームも手伝い、同社のウイスキー販売高は急激に伸張している。

 その他、食品・薬品事業を酒類事業、飲料事業に次ぐ第3の柱へ成長させるべく、06年にシェアNo.1のベビーフード、育児用粉乳、スキンケア商品などを製造・販売する和光堂を買収。07年には野菜果汁飲料・乳酸菌飲料をはじめとする加工食品事業を展開するカゴメと資本業務提携。10年にはハウス食品のミネラルウォーター「六甲のおいしい水」事業を買収。そして12年には、味の素の 100%子会社であるカルピスの全株式を取得した。14年には高級料亭として知られる「なだ万」も買収している。

■アサヒビールの事業別売上高の変遷

(単位:百万円)

(出典:アサヒの有価証券報告書より)

 縮小する国内のビール市場を背景に、世界戦略及び事業構造の改善を迫られるアサヒ。その打開策として、過去の失敗を糧とした有効なM&Aの活用がある。

この記事は、企業の有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。

まとめ・M&A Online編集部