【ヨネックス】「大坂なおみ」効果だけではない独自の強みを発揮

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2018年、日本のスポーツ界に1人のスーパースターが現れた。テニス4大タイトルの一つ全米オープン女子シングルスで、大坂なおみ選手が優勝を果たしたのだ。全米オープンの国内独占放送権を持つ衛星テレビ局のWOWOWは、2018年9月の新規加入件数が前年同月比2.2倍の10万6495件となった。

大手広告代理店では「契約しているウエアや用具、スポンサーの売り上げには上がる。大坂選手の活躍でテニスを始める人が増えるなどの波及効果も合わせれば、経済効果は少なくとも200億円、うまくいけば400億円に達する」とみている。最も大きな「恩恵」を受けるとみられているのは、大坂選手にラケットなどの用具を提供しているヨネックス<7906>だ。

10年かけて仕掛けた「大坂なおみ」効果

大坂選手はラケットの「EZONE98」や、ストリングの「POLYTOUR PRO 125」「REXIS 130」といったヨネックス製品を全米オープンで使用した。実はこの「大坂効果」、たまたま運よくではなく、10年もの長期間にわたって同社が仕掛けてきたものだという。

ヨネックスが10年をかけて支援してきた大坂なおみ選手(同社ホームページより)

ヨネックスは10年ほど前から世界の有望なジュニア選手たちに用具供給などのを支援してきた。大坂選手もその1人で、契約したのは彼女がまだ小学生だった2008年のこと。背景には製品PRには最適な世界のトッププレーヤーとの契約金が高騰したうえ、ブランド力のある欧米大手メーカーとの争奪戦も厳しい。そこで、将来有望な若手選手を囲い込むことにしたのだ。

いわば先物買いの「選手M&A」だ。ヨネックスの企業を対象にしたM&Aも、有名企業を高額で買収するのではなく、将来を見越して早い段階で囲い込む手法を採っている。「賢いM&Aプレーヤー」といえるだろう。

漁具でスタートしたヨネックス

ヨネックスの歴史は、戦後まもない1946年に米山稔氏が新潟県三島郡塚山村(現・長岡市)で創業した「米山木工所」にさかのぼる。1950年代半ばまでは主に漁業用の木製浮きを製造していたが、漁業の技術革新で木製浮きの需要は激減。1957年に木製品の バドミントンラケットの製造に転換すると、これが当たった。

1958年には丁寧な製品づくりと安い労働力を武器に輸出が急増する。1963年には貿易会社のヨネヤマスポーツ(現・ヨネックス海外営業部)を設立。同時に高度経済成長に伴い国内でもスポーツ用品への需要が高まり、工場の拡張や営業体制の構築にも取り組んだ。

1974年に「ヨネックススポーツ」へ社名変更し、現在の主力製品となるテニスラケット製造に力を入れる。1982年には現在の「ヨネックス」に改称。ゴルフ市場に再参入し、ゴルフクラブやウェアの製造を始める。

バブル経済崩壊後の1995年に スノーボード市場に参入。2011年には Jリーグの柏レイソルとユニフォームサプライヤー契約を結び、初めてチームスポーツとしてサッカー市場の開拓にも乗り出す。2014年にはスポーツサイクル(自転車)市場に参入するなど、総合スポーツ用品メーカーとしての基盤を固めた。特にトライアスリート向けのロードバイクフレームは新潟県長岡市にある自社工場で、すべて一貫製造しており、価格が70万円の高級製品となっている。

ヨネックスの2018年3月期の年間売上高は621億8800万円、当期純利益は18億6300万円。海外大手の米ナイキ(年間売上高4兆192億1600万円、当期純利益2034億5600万円)や独アディダス(同2兆6882億9600万円、同1389億8900万円)はもちろん、国内のスポーツシューズ・ウェア大手のアシックス(同4001億5700万円、同129億7000万円)、自転車部品や釣具を手がけるシマノ(同3358億円、同384億4300万円)と比べても、企業規模は小さい。

主要スポーツ用具メーカーの売上高と当期純利益(単位:100万円)

国籍 メーカー名 決算 売上高 当期純利益
日本 ヨネックス 2018/03 62,188 1,863
アメリカ合衆国 Nike Inc 2018/05 4,019,216 213,456
ドイツ adidas AG 2017/12 2,688,296 138,989
フランス Kering SA 2017/12 1,961,006 226,233
アメリカ合衆国 VF Corp 2017/12 1,324,749 68,970
香港 Yue Yuen Industrial (Holdings) Ltd 2017/12 1,023,065 58,237
アメリカ合衆国 Under Armour Inc 2017/12 558,173 -5,413
ドイツ Puma SE 2017/12 524,014 17,206
日本 アシックス 2017/12 400,157 12,970
フィンランド Amer Sports Oyj 2017/12 340,212 11,821
日本 シマノ 2017/12 335,800 38,443


「深掘り」のM&Aで自社の強みを伸ばす

そうなると、ヨネックスのM&A戦略は、自社の強みであるテニスやバトミントン向けのラケット事業を強化する企業を買収する「深掘り」か、それ以外の分野で強いスポーツ用具メーカーを買収する「横展開」の2通りとなる。

ヨネックスは前者の「深掘り」を選んだ。2018年10月22日、同社はストリングマシンメーカーの東洋造機(埼玉県新座市。売上高2億7100万円、営業利益1億600万円、純資産7600万円)を子会社化することを決議した。2018年11月1日に議決権ベースで東洋造機の株式51%を、続いて2019年12月25日に残る株式49%を取得して100%子会社化を目指す。取得価額は3億6000万円と小ぶりだが、効果は大きい。

東洋造機はテニスやラケットの弦(ストリング)を張る際に用いるストリングマシンを製造し、技術力は高く評価されている。ヨネックスが公式ストリンガーを務める国際大会では東洋造機製のマシンを使用している。ヨネックスは自社のラケットやストリングの性能を最大限に引き出すために、グループ内でストリングマシンを含めた一貫製造体制が不可欠と判断。M&Aに踏み切った。

ロンドン五輪で使用された東洋造機のコンピューターストリングマシーン「ストリングシステム モデル8」(同社ホームページより)

大坂選手の全米オープン優勝で、ヨネックス製テニス用具の認知度は高まっている。海外でのブランド力も上がり、東洋造機を取り込むことでラケットの高機能化と競争力強化を実現することで、相乗効果による売り上げ増が狙えそうだ。今後もテニス用具の品質や機能向上に役立つ技術を保有する企業のM&Aに踏み切ることになるだろう。

「買い」も「売り」もありうるヨネックスのM&A

ヨネックスのブランド力が向上したということは、裏を返せば同社が買収される可能性もあるということだ。M&Aの値ごろ感を示す指標である企業価値EBITDA倍率は12.8倍。市場平均は7~8倍程度なので割高に感じるかもしれないが、23.6倍のナイキや15.3倍のアディダス、14.4倍のシマノに比べれば割安といえるだろう。

主要スポーツ用具メーカーの企業価値/EBITDA倍率(直近年度)

会社名 企業価値/EBITDA (倍)
ヨネックス 12.8
Nike Inc 23.6
adidas AG 15.3
Kering SA 19.1
VF Corp 20.2
Yue Yuen Industrial (Holdings) Ltd
Under Armour Inc 68.2
Puma SE 20.9


テニスは中国をはじめ中東や英国文化圏のインドなどでプレーヤー人口が増えており、早くからグローバルで製品供給をしてきたヨネックスには成長のチャンスがある。それゆえにテニス分野への新規参入や事業強化を狙っているメーカーにとっては垂涎の的だ。

ヨネックスの買収や資本提携といった「囲い込み」が起こっても不思議ではない。もちろん、ヨネックスにとっても悪い話ではなさそうだ。高いブランド力から、買収後も「ヨネックス」ブランドは残るだろうし、大手と一体化することでテニス用品では世界ナンバーワンブランドになるのも夢ではない。

売り買い両面でM&Aの主役となりそうなヨネックス。2018年5月に発表した2019年3月期から2021年3月期までの中期経営計画では「顧客の感動を呼ぶ質の高いものづくりの追求」を掲げ、海外売上高比率を2018年3月期の49.8%から60%へ引き上げる。

海外市場の存在感が高まることで、ヨネックスにクロスボーダーM&Aの秋波が送られる可能性も高まった。逆に海外企業からヨネックスへ「グループに入れてほしい」との申し入れが来ることもあるだろう。「日本のヨネックス」から「世界のYONEX」へ。その飛躍のカギはM&Aにありそうだ。

関連年表

ヨネックスの沿革
1946 米山稔氏が漁業用木製浮きの製造を主とする「米山木工所」を新潟県で創業。
1957 バドミントン用ラケットへと製造品目を転換。
1958 株式会社に改組、米山製作所に社名を変更。
1963 貿易部門として、株式会社ヨネヤマスポーツを設立。
1967 社名を株式会社ヨネヤマラケットに改称。
1969 アルミ製テニスラケットの製造を開始。
1973 コーポレートカラーに青と緑を採用。今日まで続く基幹ブランドカラーとなる。
1974 社名をヨネックススポーツに変更。これに伴い、ヨネヤマスポーツをヨネックス貿易に社名変更。
1982 社名を現在のヨネックスに改称。ゴルフ市場に再参入。
1990 本社を新潟から東京へ移転。ヨネックス貿易をヨネックスに吸収合併
1994 東京証券取引所市場第2部に新規上場。
1995 スノーボード市場に参入。
2000 ウォーキングシューズ市場に参入。
2011 フットボールウェア市場に参入。
2014 スポーツサイクル市場に参入。
2015 海外現地法人ヨネックス(上海)ゴルフ貿易有限公司をヨネックス(上海)スポーツ用品有限公司に名称変更。中国にてバドミントン並びにテニス用品を含めたスポーツ用具用品全般の取り扱いを開始。米山勉氏が会長に就任。林田草樹氏が4代目社長に就任。米山稔(現ファウンダー)が「世界バドミントン連盟会長賞」を受賞
2016 テニス世界四大大会オーストラリアンオープンで日本ブランド初のオフィシャルストリンガーを務める。東京オフィス開設。
2018 ストリングマシンメーカーである東洋造機株式会社の株式51%を取得。東洋造機を連結子会社化。
2019 東洋造機株式会社株式の残り49%を取得し、東洋造機を完全子会社化する予定。

文:M&A Online編集部

この記事は企業の有価証券報告書などの公開資料、また各種報道などをもとにまとめています。