【日本通運】宅配便で惨敗した「物流の雄」の起死回生プランとは

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 日本通運(日通)<9062>は日本最大手の総合物流会社。1937年(昭和12年) に、戦時経済統制の一環として戦時物資を円滑に供給するため、貨物列車に積み込む荷物をトラックで集荷・配達する全国の通運業者を統合し、「日本通運株式会社法」に基づく国営企業として発足した。旧国鉄(現・JR)駅の構内や隣接地に同社の営業所が多いのは、その名残だ。1950年(昭和25年)には同法が廃止され、民間企業として再出発する。

日通の鉄道輸送
鉄道輸送で始まった日通の歴史(同社ホームページより)

「日通に運べない物はない」

 全国区の運送業者としての歴史が長いだけに、陸運・海運・空運の全てをカバーし、重量・大型品輸送や美術品輸送、動物輸送、鉄道輸送、大規模事業所移転、国際輸送といった、ありとあらゆる輸送に対応。「日通で運べない物はない」と言われるほど輸送の信頼性も高く、大手企業を中心に法人向けの輸送では、他社の追随を許さない強さを発揮する。国内では「物流の雄」である日通が近年、M&Aに力を入れているのだ。

N700系新幹線を運ぶ日通
新幹線もなんのその-「日通に運べないものはない」(同社ホームページより)

 その第一の理由が国内貨物の減少だ。「そんなバカな!」と思われるかもしれない。確かにアマゾンをはじめとするインターネット通販の普及を受けて、引受荷物が急増。配達ドライバーが足りなくなり、輸送業者の引受制限や配送費の値上げなどがニュースになっている。が、それはB2C(企業→消費者)の小口運送を手がける宅配業者の話。日通が得意とするB2B(企業→企業)運送は、製造業の海外シフトに加え、インターネット通販でメーカーと卸、小売店を結ぶ中間物流が縮小したことから取扱貨物が減り、業況は悪化しているのだ。

苦戦した宅配便事業

 「それならば日通もB2Cの小口運送に力を入れればいいじゃないか」との見方もあるだろう。その通りだ。事実、日通はM&Aで小口輸送の宅配便事業を強化しようとした。日通は1977年に「ペリカンBOX簡単便」の取り扱いを始め、宅配便事業に参入する。1981年には「ペリカン便」に改称し、ヤマトホールディングス<9064>傘下にあるヤマト運輸の「宅急便」やSGホールディングス<9143>が展開する佐川急便の「飛脚宅配」と競争を繰り広げた。

 しかし、ペリカン便は苦戦し、宅急便や飛脚宅配との差は開くばかりだった。それは日通が鉄道輸送を主力とする通運業者だったことに由来する。実は郵便を除いた一般家庭向けの小口運送を最初に始めたのは国鉄と通運会社だった。かつて「戸口から戸口へ」のキャッチフレーズで、後に宅配便と呼ばれる小口運送市場を事実上独占していたのだ。ところが1976年に宅急便が登場、1998年には飛脚宅配が本格参入する。ヤマト運輸と佐川急便の激しい競争に巻き込まれ、日通は両社に宅配事業のシェアを食われてしまう。

 通運業者の流れで鉄道輸送をなるべく利用しなくてはいけない日通は、そうしたしがらみがなく小回りや時間の融通が利くトラックを駆使して効率よく運送できるヤマト運輸や佐川急便に太刀打ちできなかったのだ。そこで日通が乗り出したのがM&Aだった。提携する相手は、同じ官業の流れをくむ日本郵政<6178>。日通はペリカン便事業を切り離し、日本郵政傘下の郵便事業(現・日本郵便)との合弁で設立した宅配便新会社に事業を移管することにした。だが、それが「不幸の始まり」だった。

ペリカン便のトラック
「ペリカン便」で宅配便事業に挑戦するも苦戦が続いた Photo By me (Own work)

惨敗、そして海外へ

 2009年4月に日通は新会社「JPエクスプレス」へ、ペリカン便事業を移管する。同年10月にはJPエクスプレスが日本郵便から荷物事業を引き継ぎ、新たな統一ブランドでのサービス開始を予定していた。ところが、総務大臣から「日通側が収益性の高い都市部を担当する一方で、不採算の地方集配を郵便事業側に任せるなど不平等な事業形態だ」と批判されて認可が得られず、統合が見送りに。

 これを受けて日通は同月、JPエクスプレスの所有株式34万株のうち20万株を郵便事業に譲渡。折半だった出資比率を14%に引き下げて持分法適用関連会社から外す。同年12月に郵便事業がJPエクスプレスを清算し、同社の宅配便事業を「ゆうパック」ブランドで引き継ぐと発表した。ペリカン便は体よく「消されて」しまう。2010年8月には980億円もの累積赤字を残し、JPエクスプレスは解散した。文字通り「惨敗」である。

 成長する宅配便市場での足場を失った日通は、M&Aの活用で海外事業の強化を狙う。もともと日通は海外輸送に強く、2007年1月には台湾の立欧股份有限公司(立欧社)から海運代理店事業を買収、同4月にはインドの航空・海運業務代理店J I Logistics Private Limitedの発行済株式51%を取得し、社名を「Nippon Express (India) Private Limited」(インド日通)に変更するなど、アジアでの輸送力強化に力を入れてきた。

 しかし、JPエクスプレスによる宅配便合弁事業が破綻してからは、欧米市場を意識した国際M&Aに取り組むようになる。2012年3月、米国日本通運が米国内・国際輸送業務、倉庫業務などを手がける中堅物流業者の米Associated Global Systems(AGS)を買収。同年10月には香港日本通運がアパレル、化粧品などの物流を手がけるAPC Asia Pacific Cargo(APC)の全株式を取得する。同社は香港に本社を置くものの、スウェーデン、ノルウェーなどの北欧を中心とした欧州地域にも拠点を展開していた。

M&Aで高級ファッションブランド輸送を強化

 2013年1月、欧州日本通運が高級ファッションブランド関連のフォワーディング(物流手配)やロジスティクス事業を手がける伊Franco Vago(フランコヴァーゴ)の全株式を取得。そして2018年3月には、高級ファッションブランドの倉庫運営や配送を手掛ける伊Traconf(トラコンフ)の全株式を取得し、子会社化した。買収金額は約190億円。トラコンフはヴェローナに本拠地を置き、欧州、米国、中国で高級ファッションブランド商品の倉庫保管や配送サービスを展開している。

伊Traconf(トラコンフ)物流倉庫
高級ファッションを保管するトラコンフの物流倉庫(同社ホームページより)

 日通はトラコンフと2013年に買収したフランコヴァーゴとの連携により、両社の顧客への相互アクセスが可能になるほか、ファッションロジスティクス分野で国際間輸送から製品保管、配送までの高品質な一貫サービスを提供できる。ファッションは流行に大きく左右される。「最も売れる時にピンポイントで商品を店頭に並べる」ことが勝敗の分かれ目で、「小ロットで企画・生産し、短期間で売り切る」のがファッション業界の「必勝モデル」なのだ。当然、成否のカギを握るのは物流になる。

 物流の国際競争は激しい。価格競争に巻き込まれないためにも、日通が得意とする高付加価値な輸送サービスで海外展開を図る。イタリアの2社のように、高級ブランド輸送に特化した企業を買収したのも、そのためだ。高級ファッションブランドは「安いが遅い」よりも「高くても速い」物流会社を選ぶ。もちろんファッションビジネスだけに、保管や輸送中に商品を汚したり傷つけたりするのはご法度。高級品輸送で実績のある日通ならば、こうした輸送品質の高さも「サービス」として提供できる。日通は貨物取扱量を競うのではなく、利益の増大を狙う。

大手の物流子会社を買収し、国内の「守り」も固める

 一方で防戦にも気を配らなくてはならない。国内法人向けのB2B物流市場に、海外物流会社の姿がちらついているからだ。独DHLグループで企業物流が専門のDHLサプライチェーンは2013年03月に、コニカミノルタ物流から全国十数カ所の物流施設や車両を譲り受け、コニカミノルタホールディングス<4902>の物流業務を受託した。外資系企業による国内メーカーの企業物流の取り込みが始まったのだ。

 こうした輸送ビジネスモデルは3PL(third party logistics、荷主企業に代わって最も効率的な物流戦略の企画立案や物流システムの構築を提案し、それを包括的に受託し、実行すること。荷主や単なる運送事業者ではなく、第三者としてアウトソーシング化の流れの中で物流部門を代行して高度の物流サービスを提供できる)と呼ばれ、安定したB2B物流市場を狙う物流企業が目指す「究極の企業物流」だ。

 日通は2013年12月にNECロジスティクス、2014年1月にはパナソニックロジスティクスと、大手エレクトロニクスメーカーの物流子会社2社を買収し、3PL事業に本格参入している。この分野には国内運送会社も相次いで参入し、競争が激しくなってきた。近鉄エクスプレス<9375>は同年4月、同じくパナソニック<6752>の完全子会社で同社製品の輸出入や三国間貿易手続きを手がけるパナソニック トレーディングサービス ジャパンを買収している。

 内外トランスライン<9384>は2013年2月に国際複合一貫輸送業のフライング・フィッシュ・サービス(現・フライングフィッシュ)から国内の国際複合輸送事業を譲り受け、事業規模を拡大した。企業物流大手のセンコー<9069>は同年9月、家庭紙卸売りのアストを買収することで製造から販売までワンストップの商流・物流一体型のビジネスモデルを構築している。B2Bの法人物流では一日の長がある日通だが、3PLという新しい業態では内外物流業者と「横並び」ともいえる。宅配便事業を失った日通にとって、この分野は絶対に負けられない「生命線」だ。

買うべきなのは「事業」よりも「スピード」

 日通は全く新たな法人向けサービスにも、M&Aで挑戦している。2015年3月に豊田自動織機<6201 >から買収したワンビシアーカイブズがそれ。同社は官公庁や金融機関・医療機関などの極めて機密性が高い文書・データ保管事業を手がける。

ワンビシアーカイブズのサービスイメージ
ワンビシアーカイブズのサービスイメージ(同社ホームページより)

 2017年5月にはワンビシアーカイブズの文書保管や電子化の技術と、日通のセキュリティ輸送の機能を組み合わせ、高度なセキュリティーを要求される文書の輸送、保管、電子化、溶解処理を一括で受託する新サービス「スマートスキャニング」を立ち上げた。この他にも「知的所有権の塊」といわれる生体試料の保管・輸送、医薬開発関係資料を安全に保管する「GxP関連資料保存サービス」などの提供している。

日通のトラック
運送業者がモノだけを運ぶ時代は終わった(同社ホームページより)

 個人のプライバシーや知的所有権といった情報の秘匿性に対するニーズは高まる一方だ。物流会社が運び、保管する対象も「モノ」から「情報」へ広がりつつある。情報という新しい商品を取り扱うには、これまでの自社の輸送ノウハウだけでは対応できない。とはいえ社内で一から始めるのでは、時間がかかりすぎる。物流の世界は日進月歩。わずかな出遅れが致命的な差になりかねない。日通はM&Aで迅速なサービス展開に挑む。これからもあっと驚く輸送の新サービスが、M&Aで生まれそうだ。

日本通運の主なM&A(2007年以降)

年月 概要
2007.1  現地法人の臺灣日通國際物流股份有限公司(台湾日通)が、海運業務代理店で「立欧股份有限公司」(立欧社)から海運代理店事業を譲渡。併せて同社関連会社の「聯海通運股有限公司」の全株式を取得
2007.3 物流・倉庫内作業の人材派遣などを手がける「シモムラビジネスワークス」の事業のうち、人材サービス事業を吸収分割して100%子会社化
2007.4 インドの航空・海運業務代理店「J I Logistics Private Limited」発行済株式の51%を取得し、社名を「Nippon Express (India) Private Limited」(インド日通)に変更
2008.6 日本郵便との宅配便事業統合の受け皿会社となる「JPエクスプレス」を設立
2010.7 宅配便事業を日本郵便へ譲渡、8月にJPエクスプレスを解散。
2012.3 現地法人の米国日本通運が、米国内・国際輸送業務、倉庫業務などを手がける中堅物流業者の米Associated Global Systems, Inc. (AGS)を買収
2012.10 現地法人の香港日本通運が、アパレル、化粧品などの物流を手がけるAPC Asia Pacific Cargo (H.K.) Limited(APC)の全株式を取得
2013.1 現地法人の欧州日本通運が、高級ファッションブランド関連のフォワーディング(物流手配)、ロジスティクス事業を手がける伊Franco Vago S.p.A.の全株式を取得
2013.12 日本電気の物流子会社・NECロジスティクスに出資し、合弁の「日通NECロジスティクス」に改称(日通の出資比率49%)
2014.1 パナソニックの連結子会社であるパナソニック ロジスティクスに出資(日通の出資比率66.6%)して子会社化、社名を「日通・パナソニック ロジスティクス」に変更
2014.12 日通NECロジスティクスの出資比率を51%に引き上げて子会社化
2015.3 豊田自動織機の100%子会社で官公庁・金融機関・医療機関などの文書・データ保管事業を手がける「ワンビシアーカイブズ」の全株式を取得
2016.4 名鉄運輸に出資(発行済株式総数の20.0%)し、名古屋鉄道に次ぐ第2位の大口株主となる
2018.3 高級ファッションブランドの倉庫運営や配送を手掛ける伊Traconf S.r.l.(トラコンフ)の全株式を取得

文:M&A Online編集部

この記事は企業の有価証券報告書などの公開資料、または各種報道をもとにまとめたものです。