【永谷園HD】M&Aで世界に挑む「味ひとすじ」の老舗

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 お茶づけ海苔やふりかけ、フリーズドライ味噌汁などを手がける永谷園ホールディングス(永谷園HD)<2899>。「味ひとすじ 永谷園」のキャッチフレーズで知られ、家庭で簡単に和食を味わえる食品文化を支えてきた企業だ。その永谷園がM&Aに乗り出したのは2008年から、本格的な取り組みが始まったのは創立60周年を迎えた2013年からだ。しかも、その買収はグローバル化に向けた布石という。「和食」を支える大手が、M&Aで海外に新たな活路を見いだそうとしている。

現代につながる「煎茶」開発者だった永谷園の祖

 永谷園の創業は古い。江戸時代に山城国宇治田原郷湯屋谷村(現・京都府綴喜郡宇治田原町湯屋谷)で茶の栽培を手がけていた永谷宗七郎義弘、のちの宗円(1681-1778年)にさかのぼる。宗円は「青製煎茶製法」を発明し、煎茶の普及に多大な功績を残したと伝えられる人物。蒸すか茹(ゆ)でるかして加熱処理した茶葉を乾燥する前に「揉む」ことで、青みがかった緑色の「青製」と呼ばれた茶に加工する手法だ。これが現在の煎茶である。

 それまでは揉む工程がなかったため、一般庶民が飲むお茶は黒っぽい「黒製」が主流だった。江戸時代に入ると宇治茶人気は凋落していたが、宗円の青製煎茶で再び名産品としてクローズアップされた。宗円の青製煎茶は江戸にも広まり、庶民にも定着する。宗円の青製煎茶を江戸で販売したのが、山本嘉兵衛。彼は江戸で「山本山」を立ち上げた。これが現在の山本山である。

 つまり永谷園と山本山は、江戸時代にメーカーと販売代理店の関係にあった。青製煎茶の委託販売で巨万の財をなした山本山は、明治8年(1875年)まで永谷家に毎年小判25両を贈っていたという。実は宗円の業績については伝承が多く、実際の業績を実証する一次史料(当時の記録)は非常に少ない。ただ、永谷園(宗円)が山本山と提携し、宇治茶を江戸で広めたことは事実である。

研究開発型企業だった永谷園

 現在の永谷園を設立したのは、永谷家10代目の永谷嘉男だった。嘉男は太平洋戦争からの復員後、戦災で焼失した実家の茶製造業を再建するため「江戸風味お茶づけ海苔」を開発する。実は父の9代目永谷武蔵が、細かく切った海苔に抹茶や食塩を加えた粉末状の「海苔茶」を開発していた。海苔茶はお湯に溶かして飲む飲料の一種だったが、嘉男が京都で食べられている「ぶぶ漬け」を参考に小粒あられやかきもちを入れたお茶漬けの元として1952年のに商品化する。

 発売当初は価格が高かったために苦戦したが、地道なセールス活動でヒット商品に育つ。ちなみに永谷園がテレビなどでのコマーシャルに熱心だったのは、お茶づけ海苔の安価な模造品に悩まされたため。広告宣伝で「お茶づけは永谷園」のブランドイメージを確立し、模造品との差別化を図った。永谷園は1970年に「さけ茶づけ」、1972年に「梅干茶づけ」などの新製品を発売し、お茶づけ海苔のバリエーションを増やす。

 1974年にはフリーズドライ(冷凍乾燥)製法の味噌汁の元「あさげ」を発売した。当時すでにインスタント味噌汁は他社が商品化していたが、味噌を熱風乾燥で加工するため乾燥臭が残るなど味が落ちていた。嘉男は冷凍乾燥に注目し、本来の風味を再現したインスタント味噌汁「あさげ」の開発にこぎつける。しかし、フリーズドライにも弱点があった。一般の乾燥食品技術に比べると大がかりで高価な設備が必要で、電気などのエネルギーコストも高い。結局、「あさげ」は1袋40円(4袋入160円)と、当時の一般的な即席みそ汁(1袋10円程度)の4倍という高値で販売せざるを得なかった。

 誰もが売れ行きを心配したが、発売初年度には14億円、2年目には36億円を売り上げる大ヒット商品となる。インスタント味噌汁でも米みその「あさげ」に加えて、1975年に白みその「ゆうげ」、1976年に豆みそ(赤だし)の「ひるげ」を相次いで発売して品ぞろえを増やし、永谷園の成長に寄与した。嘉男は研究開発型経営で、永谷園を上場企業に育て上げた。永谷園HDの実質的な創業者であった嘉男は2005年に亡くなる。

あさげ
大ヒットとなったフリーズドライ味噌汁「あさげ」(同社ホームページより)

創業者亡きあとに本格化した永谷園のM&A

 嘉男亡きあとの永谷園の経営戦略が大きく変わるのは2013年、創業60周年に当たる年だ。戦略の目玉は研究開発からM&Aに変わる。もちろん、それ以前からM&Aには取り組んでいた。2008年に藤原製麺(北海道旭川市)の株式51%を取得して連結子会社化し、同社子会社のふじの華と共に傘下に収めた。

 藤原製麺は「旭川生ラーメン」をはじめ、そばやうどんなどの生麺や乾麺を生産する地元食品メーカー。1993年に永谷園の「煮込みラーメンシリーズ」の製造協力企業となってから関係が深まっていた。藤原製麺は永谷園が扱う乾燥麺のほか、自社ブランド商品も生産する。2010年に自社ブランドで発売したインスタントラーメンの「円山動物園白クマラーメン」が、1か月間で約100万食を販売する大ヒットになった。

 藤原製麺までのM&Aは、国内で販売する商品ラインナップの拡充を狙った「生産力増加」のためのM&Aだった。しかし、それ以降のM&Aは明らかに方向性が異なる。ターゲットは海外市場であり、現在の主戦場である日本以外で「新たなマーケットを開拓する」ための買収なのだ。

 2013年10月に永谷園は、麦の穂ホールディングスを買収した。同社はシュークリーム専門店の「ビアードパパの作りたて工房」などのスイーツ事業や「古式讃岐うどん〜温や〜」などのレストラン事業を手がけている。しかし、永谷園の狙いはこうした洋菓子や外食といった国内新分野への参入ではなかった。

 実は同社は「ビアードパパ」ブランドで中国や韓国、台湾といったアジアのほか、米国やカナダなどへ積極的に展開してきたグローバル企業の顔も持つ。買収時点での海外店舗数は約200店。これらの海外拠点は、これまで国内市場に注力してきた永谷園にとって大きな魅力であったのは間違いない。買収金額は100億円近く、永谷園創業以来の大型買収となった。

ビアード・パパの作りたて工房
永谷園が買収した「ビアード・パパの作りたて工房」 Photo By MASA (talk)

「和食ブーム」で海外に活路

 それまでの永谷園の海外事業は、米国でのテイクアウトの寿司事業や中国での製麺事業といったもので、海外売上高は10億円にも達しない。永谷園が主力とするお茶づけ海苔やみそ汁などが海外で受け入れられにくいとの判断もあり、海外事業への投資には消極的だった。しかし、世界的な和食ブームや健康志向も追い風となり、2013年12月には「和食」がユネスコ(国際連合教育科学文化機関)無形文化遺産に登録された。和食文化を支えてきた永谷園にとっても、海外市場に大きなビジネスチャンスが出てきたといえる。

お茶づけ
永谷園が海外展開に躊躇していた「お茶づけ」も世界に通用するか?(Photo By Muyo)

 2015年10月に持ち株会社制へ移行して永谷園HDを設立したのも、海外企業のM&Aを迅速に実行し、グローバル展開を加速するためだ。事実、翌年の2016年2月には傘下にアジア風の麺商品を製造・販売する米JSL FOODS社を持つ米MAIN ON FOODS社へ50%出資し、持分法適用関連会社にした。

 2016年7月には香港系の投資会社と中国江蘇省南通市に半生タイプの袋入り麺やスープなどの生産・販売を手がける合弁会社「永谷園食品(江蘇)」を設立すると発表した。資本金は8億円で永谷園HDが60%を出資する。永谷園HDは2011年から上海で同様の麺事業を手がけていたが、当時の売上高は数億円だった。これを10億円に引き上げるのが目的だったという。中国で「食に対する安全」意識が高まったことから日系の食品メーカーに注目が集まっており、今後の需要の増加が見込めると判断した。

 そして2016年12月に永谷園HDが英ブルームコ社を約150億円で買収。ブルームコの傘下には世界有数のフリーズドライ食品会社チョウサー・フーズ・グループがあり、永谷園HDは長年にわたって培ってきたフリーズドライ加工技術を武器に海外展開を急ぐ。ブルームコの買収資金約150億円のうち40%は官民ファンドの産業革新機構が出資する、いわば和食のグローバル展開を官民一体で推進する「国策M&A」だ。永谷園にとっては世界市場を視野に入れた「大勝負」といえる。この「大勝負」に賭けるため、2017年1月には前年7月に発表した永谷園食品(江蘇)の設立を中止し、欧州事業に集中することになった。

得意のフリーズドライ食品市場は国内外で拡大中

 永谷園を代表するロングセラー商品の「お茶づけ海苔」や「おとなのふりかけ」といったお茶づけ・ふりかけ類をはじめ、即席みそ汁などのスープ類、「すし太郎」「麻婆春雨」などの調理食品類の3本柱からなる食料品事業で、売上の80%以上を占める。創業以来、国内市場向けの加工食品を中心に事業を拡大してきた。

 だが、2012年に永谷園の社長に就任した永谷泰次郎(現・永谷園HD社長)は、少子高齢化などによる国内市場の冷え込みを見越して、海外展開を含む「新規カテゴリーへのチャレンジ」を重要課題と位置づけた。

永谷泰次郎永谷園HD社長
永谷泰次郎永谷園HD社長(同社ホームページより)

 ブルームコが得意とするフリーズドライ食品は、日本国内でも成長している分野だ。2012年から2016年の4年間でフリーズドライ食品の市場は約1.8倍に拡大し、中でも永谷園が強いフリーズドライの味噌汁は約3倍に市場を広げている。フリーズドライ食品は再現できる味も進化・多様化し、日々の食事に取り入れても何ら遜色はなくなってきた。常温で長期保存でき、お湯を注ぐだけで食べられるので、忙しい人やひとり暮らしのシニア世代にも重宝されている。こうした技術革新が市場の成長を支えているのだ。

 M&Aによりブルームコが持つフリーズドライ加工技術と、海外での製造・販売網を手に入れた永谷園。同社を会社設立から支えてきたお茶づけも、日本の食材や食文化がフリーズドライで海を渡るようになれば、寿司や天ぷらなどと並ぶ新たな「代表的な和食」として世界で愛されるのも夢ではない。

年表

永谷園ホールディングスの沿革
 
1952 5月 「江戸風味 お茶づけ海苔」(現「永谷園のお茶づけ海苔」)を発売
1953 4月 永谷園本舗設立
1976 12月 東京証券取引所第2部に上場
1983 10月 東京証券取引所第1部に上場
1992 10月 永谷園に社名変更
2005 11月 中国・上海市に上海永谷園食品貿易有限公司を設立
2008 9月 藤原製麺の株式51%を取得し連結子会社化、同社と子会社「ふじの華」(2015年3月、藤原製麺が吸収合併)が永谷園グループ傘下に入る
2013 4月 創立60周年
2013 11月 麦の穂ホールディングスの全株式を取得
2014 7月 NAGATANIEN USA,INC.がNIKKO ENTERPRISE CORPORATIONの持分を取得
2015 10月 持株会社体制に移行、永谷園ホールディングスを設立
2016 2月 米国でアジアンフーズ(麺商品)製造・販売するJSL FOODS,INC.の親会社米MAIN ON FOODS, CORP.に出資し、持分法適用関連会社に
2016 7月 半生タイプの袋入り麺やスープなどの生産・販売を手がける合弁会社「永谷園食品(江蘇)」を設立すると発表
2016 12月 フリーズドライ食品メーカーを傘下に収める英ブルームコ社を買収
2017 1月 欧州事業に集中するため、「永谷園食品(江蘇)」の設立を中止
2017 10月 米MAIN ON FOODS, CORP.の出資比率を50.00%から50.000061%へ引き上げ

文:M&A Online編集部

この記事は企業の有価証券報告書などの公開資料、また各種報道などをもとにまとめています。