2019年7月19日、ビール国内最大手のアサヒグループホールディングス(以下アサヒ)<2502>がオーストラリア(豪州)ビール最大手のカールトン&ユナイテッドブリュワリーズ(CUB)の買収を発表した。買収額1兆2000億円もの超大型M&Aだ。これまで依存してきた国内のビール市場が縮小するのを受け、アサヒはクロスボーダーM&Aにより海外で活路を拓こうとしている。
CUBは「ビクトリアビター」ブランドで知られ、豪で5割弱のシェアを押さえている。2018年12月期の売上高は約1700億円。豪・ニュージーランドが中心のオセアニア地域での買収は、今回が初めてではない。2011年7月以降だけをみても、CUBを含めて5件の買収を実施している。
なぜ、アサヒグループHDはオセアニア地域でクロスボーダーM&Aを仕掛けるのか?理由はこの地域での人口増だ。オセアニア最大の国家である豪は移民受け入れで、先進国では珍しい人口増加国の一つ。とはいえ、豪州でもビール市場の成長は止まり、ほぼ横ばいの状態だ。人口増が見込めるとはいえ、決して楽観できる状況ではない。しかも、同社には豪州で手痛い失敗をした歴史がある。
1991年、アサヒはビールでの海外進出を目指し、豪シェアトップのフォスターズ社に840億円を出資した。出資に伴う借入金の金利はフォスターズ社からの配当で賄うはずであったが、経営内部の対立で経営再建もままならず1997年に同社株の大半を売却せざるを得なくなる。売却で取り戻せたのは550億円。300億円もの投資損をこうむる失敗に終わった。
しかし、アサヒはくじけなかった。国内販売も強化と併せて2000年代前半に年間100億円ものコストダウンを進め、経営体質を強化。2000年代半ばから海外投資を再開する。
2009年にキャドバリーグループが所有する豪飲料事業を758億円で買収し、M&Aでオセアニアへ「再上陸」した。翌2010年には豪ピー・アンド・エヌ・ビバレッジズ・オーストラリアの全株式を272億円で買収している。
2011年に入るとTOB(公開買付け)で英キャドバリーグループからSchweppes Holdings Ptyほか2社の豪飲料事業を87億円で、Independent Liquorグループの持株会社Flavoured Beverages Group Holdings Limitedの全株式を976億円で、ピー・アンド・エヌ・ビバレッジズ・オーストラリアの全株式を149億円で、次々と買収した。わずか3年間で2200億円をオセアニアに投資したのである。
そこに今回のCUB買収である。取得金額も1兆円を超え、これまでのオセアニア投資とは一線を画す。果たしてこんな超大型買収に勝算はあるのか?アサヒの勝算はオセアニアでのブランド戦略にある。自社製品を現地における「高級ブランド」と位置づけ、現地生産も始めている。
こうした戦略はアサヒだけではない。ファーストリテイリング<9983>のユニクロや良品計画<7453>のMUJI(日本では無印良品)が国内では大衆商品ブランドなのに対して、海外ではより上級のブランドとして展開しているのと同様だ。米GAPも米国ではユニクロ同様の大衆衣料ブランドだが、日本では東京・銀座に旗艦店を開設するなど、より上級のブランドとアピールしている。
確かに現地で付加価値の高い「高級ビール」として受け入れられれば、販売量の減少だけでなく量販店などでの安売り競争や、今や売上高の4割を占める「第3のビール」と呼ばれる低価格の発泡酒人気で利幅が下がっている国内市場の「穴埋め」を期待できるだろう。アサヒも高級ビールは低価格商品に比べて景気悪化の影響を受けにくく、安定した収益源になると期待している。
アサヒの海外売上高比率は15年12月期の13.5%から3年後の2018年12月期には32.0%と急伸しているのだ。本業の儲けを示す営業利益では、海外売上高比率を大きく上回る約半分が海外事業によるもの。「海外市場で高級ビールを売る」戦略は、現時点では当たっているといえるだろう。
今回のCUB買収で豪州事業のEBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前・その他償却前利益、営業キャッシュフローの金額に近い)は約1000億円と欧州事業に並び、同約2000億円の日本事業を含めて世界3極体制が完成する。
しかし、不安材料もある。国内では主力商品の「スーパードライ」が2017年に1億ケースを割り、キリンビールにトップの座を脅かされつつある。海外進出に前のめりなあまり、国内でビール販売ナンバーワンの座を明け渡すようなことになれば、企業の「土台」が大きく傾くことになる。
さらに積極的なM&Aの結果、膨らんだ有利子負債も重い。アサヒは2018年3月期に有利子負債を2300億円以上圧縮したが、それでも約1兆円を超える。これにCUBの買収に伴う新たな借入金が上乗せされる。財務の健全性維持が大きな課題となっている。
ライバルのキリンホールディングス<2503>も2009年に豪ライオンネイサンを2300億円で買収したが、2018年には同社飲料事業の売却交渉を始めるなど苦戦している。そもそもCUBをアサヒに売却したビール世界最大手のアンハイザー・ブッシュ(AB)インベブ(ベルギー)も、総額で10兆円にのぼる大型買収を繰り返した結果、有利子負債が重なり、子会社を売却しては資金返済に充てる「自転車操業」に陥っている。
2019年10月に迫った消費税率引き上げなどで国内ビール市場の好転が望めない以上、アサヒは豪州市場で高級ブランドビールメーカーとして定着し、成長するしかない。その成否がアサヒに安定成長をもたらすのか、それとも大変な重荷と化すのかの「分かれ目」となる。相次ぐ大型買収が財務で大きな「足かせ」となっていることからも、そう長い時間はかけられない。
年月 | 売買 | 内 容 | 取引総額 |
---|---|---|---|
11年7月 | 買収 | ニュージーランドの飲料メーカーCharlie’s Group LimitedのTOB(株式公開買付)を開始 | 87億円 |
11年7月 | 買収 | ピー・アンド・エヌ・ビバレッジズ・オーストラリアを子会社化 | 163億円 |
11年7月 | 買収 | マレーシア清涼飲料販売数量2位のPermanis Sdn. Bhd.を買収 | 216億円 |
11年8月 | 売却 | 中国杭州西湖啤酒朝日(股份)有限公司(杭州ビール)の全出資持分(55.0%)を、華潤雪花啤酒投資(華潤ビール)に売却 | 37億円 |
11年8月 | 買収 | 酒類販売でニュージーランド市場1位、豪市場3位のIndependent Liquorグループを傘下におくFlavoured Beverages Group Holdings Limitedの全株式を取得 | 976億円 |
12年1月 | 買収 | 豪州水販売会社のMountain H20を子会社化 | - |
12年5月 | 買収 | 味の素からカルピスを買収し、子会社化 | 1200億円 |
13年6月 | 買収 | インドネシアで清涼飲料事業を手がけるPT Pepsi-Cola Indobeveragesを買収 | 29億円 |
13年11月 | 買収 | インドネシアの容器入り飲料水製造・販売事業を手がけるPT Tirta Bahagiaのグループ事業会社22社を買収 | 189億円 |
14年4月 | 買収 | マレーシアの乳製品事業を手がけるEtika International Holdings Limitedグループを買収 | 336億円 |
16年2月 | 買収 | 英SABMiller社傘下の欧州ビール事業会社4社(伊Birra Peroni S.r.l.、蘭Royal Grolsch NV、英Meantime Brewing Company Ltd.および英Miller Brands (UK) Ltd.)を子会社化へ | 2940億円 |
16年12月 | 買収 | 英SABMiller社が保有していたチェコ、スロバキア、ポーランド、ハンガリー、ルーマニアのビール事業を子会社化 | 8910億円 |
17年11月 | 買収 | チルド無糖茶飲料や宅配ルートの黒酢等の開発・販売を手がける100%子会社のエルビーをポラリス・キャピタル・グループのファンドへ売却 | - |
17年12月 | 売却 | インドネシア飲料合弁企業で清涼飲料水の製造・販売を手がけるPT Asahi Indofood Beverage MakmurとPT Indofood Asahi Sukses Beverageを合弁相手のPT Indofood CBP Sukses Makmur Tbkへ売却 | 23億円 |
19年1月 | 買収 | 英Fuller, Smith & Turner P.L.C.のビール・サイダー事業を取得 | 374億円 |
19年7月 | 買収 | ABインベブ傘下の豪ビール最大手カールトン&ユナイテッドブリュワリーズ(CUB)を1兆2000億円で買収へ | 1兆2000億円 |
文:M&A Online編集部
この記事は企業の有価証券報告書などの公開資料、また各種報道などをもとにまとめています。