長谷川香料が米国市場開拓にアクセルを踏み込んでいる。昨年12月末、130億円以上を投じて食品香料メーカーのMISSION FLAVORS&FRAGRANCES(カリフォルニア州)を買収した。3年ぶりのM&Aだったが、買収ターゲットに選んだのは前回と同じく米企業だった。
長谷川香料は香料メーカーとして国内第2位で、業界首位の高砂香料工業に続く。売上規模は高砂香料の3分の1にとどまり、大きな開きがあるものの、それでも世界市場でトップ10入りを果たしている(10位=同社調べ。高砂香料は7位)。人口減などを背景に国内市場が縮小に向かう中、グローバル展開を加速中だ。
先に買収した米MISSIONは1987年設立で、乳製品、クッキー、アイスクリームなどに使われるスイート系フレーバーに強みを持つ。買収金額133億円(アドバイザリー費用を含む)は長谷川香料本体の売上高の25%に相当し、同社として過去最大のM&Aとなった。社運をかけたといっても差し支えない。
特筆すべきは買収資金の全額を自己資金で賄ったことだ。無借金経営の同社はキャッシュリッチな会社として知られ、自己資本比率は81%(2020年12月末、純資産額は928億円)という抜群の財務内容を誇る。
買収時のMISSIONの直近業績は売上高25億2000万円、営業赤字1400万円、純資産8500万円。これに対し、買収金額は破格に映るが、MISSIONの経営成績や財政状態、今後の成長性などを考慮し、今後10年間の利益計画を策定したうえで決定したという。
何が買収の決め手になったのか。理由は米国における既存事業とのシナジー(相乗効果)にほかならない。
長谷川香料が米子会社T.HASEGAWA U.S.A.(THUSA、カリフォルニア州)を設立したのは1978年。すでに現地で40年を超える業歴を持つ。スナック菓子、ドレッシング、調味料などに使われる塩味の効いたセイボリー系フレーバーの生産を主力とし、近年は市場規模が大きい飲料用香料にも力を入れている。
2017年にはTHUSAを通じて米進出以来初となるM&Aに取り組み、FLAVOR INGREDIENT HOLDINGS(FIH、カリフォルニア州)を約60億円で傘下に収めた。FIHは成長が見込まれる健康分野のほか、飲料分野を得意とする。
THUSAは2020年2月、FIHを吸収合併し、経営を一体化。次の一手として繰り出したのが今回のMISSION買収だ。スイート系を主力とするMISSIONとは顧客が重複せず、相互補完性が高く、販売・製造面でのシナジーが期待できると判断した。同じくカリフォルニア州内に本拠を置く地理的利点も考慮した。
米国では2件のM&Aで計200億円近くを投じたことになる。前回のFIH買収では約29億円ののれんを10年償却する計画だったが、買収時に想定した業績の進捗に遅れが生じていたことから、2019年9月期までに全額を減損処理した経緯がある。
今回のMISSIONでも同様のケースが当然予想されるだけに、買収後の統合プロセス(PMI)が一にも二にも重要になってくる。
香料は食品や化粧品、トイレタリー製品などと切っても切れない関係にある。自然界の物質から抽出した天然香料、人工的に精製した合成香料を調合して様々な香りが作られる。用途に応じて、フレーバー(食品香料)とフレグランス(香粧品香料)に大別される。
前者は飲料、冷菓、菓子、インスタント食品など、後者は香水、スキンケア・ヘアケア製品、入浴剤、柔軟剤などに使われる。長谷川香料は1903(明治36)年に創業した業界の草分けで、香料全般を取り扱う。
2020年9月期業績は売上高0.6%減の501億円、営業利益14%増の53億円、最終利益23%増の50億円。新型コロナウイルス感染拡大の影響でわずかではあるが、9年ぶりの減収となった。売上構成はフレーバー部門が約85%に対し、フレグランス部門が約15%。
◎長谷川香料の業績推移(単位億円)
18/9期 | 19/9期 | 20/9期 | 21/9期予想 | |
売上高 | 498 | 504 | 501 | 521 |
営業利益 | 50 | 46 | 53 | 51 |
最終利益 | 41 | 41 | 50 | 47 |
海外売上高比率は35%余り。地域別の売上高は日本361億円に対し、米国61億円、中国・東南アジア79億円。なかでも売上高を伸ばしているのがM&Aを行った米国。過去3年で5割増となった。今回、MISSIONを取り込んだことで、80億円台半ばに乗せるのはもちろん、その先に100億円の大台を視界にとらえることになりそうだ。
米国以外の展開はどうか。中国では上海、蘇州の2カ所の工場を持ち、食品用香料やフレグランスを生産して約20年となる。飲料向け、即席麺向けの出荷が伸びているという。
一方、東南アジアでは生産拠点をマレーシアに置く。2014年に買収したPeresscol(現T HASEGAWA FLAVOURS、クアラルンプール)がそれだ。Peresscolはハラル(イスラムの教えで許された食材、料理など)に対応した粉末シーズニング(調味料)、液体香料などを製造販売し、長谷川香料とは原材料の仕入れで約50年の取引関係にあった。
マレーシアを東南アジア域内のハブ(中心)と位置づけており、20億円をかけて新工場建設を計画中だ。周辺のタイ、インドネシア、台湾には販売会社を設立し、販路を着々と築いてきた。
昨秋スタートした中期3カ年計画では最終年度の2023年9月期に売上高562億円、営業利益61億円を掲げる。売上高は年率4%前後の伸びを前提に、営業利益率は10%を安定的にキープする内容。海外売上高比率は最終年度で35.7%と現状並みを目指す。
強固な財務基盤を背景に、増産化投資や既存設備の更新・メンテナンスなど設備投資を推し進めるとともに、M&Aについても引き続き前向き姿勢で臨む方針だ。
現中計の最終年度は創業120年の節目と重なる。「コロナ後」を見据えつつ、次の一手をどう打つのだろうか。
◎長谷川香料の歩み
年 | 主な沿革 |
1903 | 長谷川藤太郎商店が東京で創業 |
1923 | エッセンス(水溶性香料)の製造開始 |
1947 | 合成香料の製造開始 |
1948 | 川崎工場(川崎市、現総合研究所)を開設 |
1961 | 長谷川香料を設立 |
1964 | 深谷工場(埼玉県深谷市)を開設 |
1978 | 米国子会社「T.HASEGAWA U.S.A.」(THUSA)を設立 |
1984 | 板倉工場(群馬県板倉町)を開設 |
1995 | 株式を店頭登録 |
1996 | 中国・上海に販売会社を設立 |
2000 | 東証2部上場(翌年、東証1部に昇格) |
〃 | 中国生産拠点の長谷川香料(上海)有限公司を設立 |
2003 | タイに販売会社を設立 |
2006 | 中国で2番目の生産拠点、長谷川香料(蘇州)有限公司を設立 |
2014 | インドネシアに販売会社を設立 |
〃 | PT. HASEGAWA FLAVOURS AND FRAGRANCES INDONESIA設立 |
〃 | マレーシアの香料メーカーPeresscolを買収 |
2017 | 米国香料メーカーのFLAVOR INGREDIENT HOLDINGS(FIH)を買収 |
〃 | 台湾に販売会社を設立 |
2020 | (2月)THUSAがFIHを吸収合併 |
〃 | (12月)米国香料メーカーのMISSION FLAVORS&FRAGRANCESを買収 |
文:M&A Online編集部