【藤久ホールディングス】手芸出版・教育の「日本ヴォーグ社」買収、反転攻勢の“号砲”となるか

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藤久HDが展開する手芸専門店(東京都内で)

手芸専門店をチェーン展開する藤久ホールディングス(HD)が同社として初の本格的なM&Aに動いた。編み物や刺しゅうなど手芸に関する出版・教育事業を手がける日本ヴォーグ社(東京都中野区)を傘下に収めることになった。藤久は今年1月に持ち株会社制に移行し、その狙いとしてM&Aによる業容拡大を打ち出していたが、早速実行に移した形だ。

日本ヴォーグ社を株式交換で子会社化

地下鉄丸ノ内線の中野富士見町駅からほど近い住宅街の一角に茶色を基調した4階建ての瀟洒な建物が見えてくる。1フロア1000平方メートルの横長のゆったりしたつくり。日本ヴォーグ社は2017年に新宿区内から移転して新本社を構えた。

日本ヴォーグ社は1954(昭和29)年に創業し、編み物の出版を始めた。手芸教室、通信教育、手芸材料の通信販売、ショップ運営などを幅広く展開し、手芸業界の「顔」ともいえる存在だ。直近の2022年1月期業績は売上高30億7500万円、営業利益3000万円。

祖業の出版事業では、「毛糸だま」「キルトジャパン」をはじめ年間120点ほどのムック・書籍を発行。編み物指導者の養成校として1971年に開講 した「ヴォーグ学園」は現在、東京、横浜、名古屋、大阪、福岡の全国5都市にある。

その日本ヴォーグ社の買収を藤久が発表したのは3月末。株式交換という手法を使い、日本ヴォーグ社を7月1日に完全子会社化する。藤久が持つリアル店舗やEC(電子商取引)でのサービス・商品展開力と、日本ヴォーグ社の出版・教育事業との相乗効果を引き出し、手芸業界での競争力向上につなげるのが狙いだ。

持ち株会社移行でアライアンスを加速

藤久HDは名古屋市を本拠とし、全国に手芸専門店「クラフトハートトーカイ」などを約380店舗展開し、110万人の会員基盤を持つ。しかし、趣味の多様化や高齢化の進展で愛好者が減っているうえ、100円ショップをはじめ他業種の参入、EC利用の拡大などで小売店を取り巻く環境は厳しさを増している。

こうした中で、藤久がかねて模索してきたのがM&Aや業務提携の機会だ。今年1月に持ち株会社制に移行したのも一連のアライアンス戦略を加速するための体制確立を狙いとしている。

2021年におもちゃ・ホビー製造のエポック社(東京都台東区)と提携し、エポック社の人気商品「シルバニアファミリー」を中心に、手作りキットなどを組み合わせたオリジナル商品の企画・販売に着手。同じ年には、ハンドメイドマーケット「minne(ミンネ)」を運営するGMOペパボ(東京都渋谷区)と相互送客に関して提携した。

日本ヴォーグ社とは2021年5月に提携。手芸教室、商品の企画・開発、顧客の相互送客などの協業を進めてきたが、これらの取り組みを深化させることで一致し、子会社化による経営統合が実現する運びとなった。

藤久は60年余の業歴を持つが、実は本格的なM&Aは今回が初めてで、エポックメーキングといえる。再建途上にある同社にとって反転攻勢への起爆剤として期待される。

苦戦が続く業績、100店舗超を閉鎖

藤久の業績は苦戦が続いて久しい。それを象徴するのが店舗数だ。「クラフトハートトーカイ」をはじめとする店舗数は最盛期の2016年に496店舗と500店舗に迫った。現在は約380店舗で、この間、100を超える不採算店舗を閉鎖した。

2019年6月期まで売上高は5年連続で減少して200億円を割り込み、リストラなどの構造改革費用がかさんで最終損益も4年連続の赤字となった。2019年末には本社部門をスリム化するため、30人の希望退職者募集に踏み切った。

2020年6月期はコロナ禍による巣ごもり特需(手づくりマスク)で増収に転じるとともに、固定費削減効果も寄与して黒字転換を果たした。また、物流拠点の変更や輸送業務の効率化、旧社屋など固定資産の売却、実店舗とECを統合した新販売システム運用といった施策を講じてきた。

しかしながら、足元の2022年6月期はコロナ需要が一巡したことなどから2年連続の減収と、3年ぶりの大幅赤字転落を見込む。これまでの構造改革の成果が一気に吹き飛び、土俵際に立たされる格好だ。

◎藤久ホールディングスの業績推移(単位億円)

18/6期 19/6期 20/6期 21/6期 22/6期予想
売上高 201 189 223 206 174
営業利益 △7.7 △15 8.8 9 △9.9
最終利益 △15 △29 2.8 7.5 △13

投資ファンドのキーストーンが再建を主導

藤久の再建を主導するのは筆頭株主で投資ファンドのキーストーン・パートナース(東京都千代田区)。キーストーン傘下の合同会社エメラルドが23%近い株式を保有する。2020年5月に資本業務提携し、キーストーンが藤久の第三者割当増資を引き受けた。これに伴い、創業家出身の後藤薫徳社長が退任し、代わってキーストーンが社長を派遣した。

現社長は昨年7月に副社長から昇格した中松健一氏が務めるが、中松氏は東海銀行(現三菱UFJ銀行)出身。キーストーンが当初社長に送り込んだ堤智章氏(現取締役、キーストーン代表取締役)の後を受け、陣頭に立つ。

藤久は1952年に故後藤久一氏が絹糸類の加工販売を目的に「後藤縫糸」を名古屋市に立ち上げたことに始まる。その後、手芸専門店のチェーン展開に乗り出し、直営にとどまらず、オーナーシステムによる加盟店募集で店舗網を全国に広げてきた。取扱品目は毛糸、手芸用品から、生地、和洋裁服飾品、衣料品、生活雑貨まで約4万点に上る。

愛好者の高齢化など手芸人口の減少とともに市場の縮小は決定的となっている。こうした中、長期的な売上高の低迷や赤字体質からどう脱し、新生・藤久を再成長に導くのか、重い課題を背負う。

その手立てとして、今回の日本ヴォーグ社の買収を嚆矢(こうし)とし、第二、第三のM&Aの矢が放たれることは十分にありそうだ。

主な沿革
1952 創業者の後藤久一が絹糸類の加工販売を目的に「後藤縫糸」を名古屋市に創立
1961 法人に改組し、「藤久」を設立
1968 手芸専門店のチェーン展開を開始
1983 「手芸センタートーカイ」の第1号店を名古屋市に開店
1993 オーナーシステム制による加盟店募集を開始
1994 店頭市場に株式を登録
2002 手芸センタートーカイを「クラフトハートトーカイ」に改称
2003 東証2部、名証2部に上場
2013 東証1部、名証1部に上場
2020 投資ファンドのキーストーン・パートナースと資本業務提携
2021 エポックとマスターピースと業務提携
日本ヴォーグ社と業務提携
GMOペパボと業務提携
2022 1月、持ち株会社「藤久ホールディングス」を発足
2月、ゴンドラと業務提携
3月、日本ヴォーグ社を子会社化すると発表

文:M&A Online編集部