シューズ小売チェーン最大手のエービーシー・マート(ABCマート)。「ABC‐MART」のロゴを冠した店舗は国内で1000を超え、海外店舗も300を突破し韓国を中心に台湾、米国に広がる。積極的な出店を成長の原動力にしてきたが、意外にもM&Aについては長らく封印してきた。そんな同社が10年ぶりに本格的な買収に乗り出したのだ。
ABCマートが今回、買収ターゲットに定めたのはスポーツ用品分野。セブン&アイ・ホールディングス(HD)傘下で「オッシュマンズ(OSHMAN’S)」を店舗展開するオッシュマンズ・ジャパン(東京都千代田区)の全株式を取得し、3月1日に子会社化する。買収金額は非公表。
狙いはシューズ以外の新たなマーケットの取り込みだ。コロナ禍による消費者の生活様式の変化に伴い、健康や屋外活動に関心が高まる中、キャンプなどのアウトドア分野や、ランニング、フィットネスといったパーソナルスポーツのウエア、グッズの成長性は高いとみて、参入機会をうかがっていた。
オッシュマンズは元々、米国生まれのスポーツ専門店。米オッシュマンズ・スポーティング・グッズ(テキサス州)との業務提携を受け、1984年に当時のイトーヨーカ堂(現セブン&アイ・HD)が運営会社のオッシュマンズ・ジャパンを設立した。第1号店は翌85年に東京・原宿にオープンした。
チームスポーツを中心とした従来のスポーツ用品店と一線を画し、ランニング、フィットネス、サーフ、アウトドアなどのパーソナルスポーツを主軸とする都市型スポーツセレクトショップして、スポーツ愛好家にとどまらず、ファッション層の支持を集めてきた。日本上陸前の海外スポーツブランドをいち早く紹介することでも知られた。
現在、東京都内で原宿、銀座、新宿などに6店舗、神奈川、愛知、大阪に各1店舗の計9店舗を運営する。2015年に町田店(東京都町田市)、16年に千葉店を閉店した。
ABCマートはオッシュマンズについてブランド価値を高く評価し、将来的に出店余地が大きいと判断。国内で1000店舗以上を展開する中で培ってきた出店・立地データや店舗運営システムを活用し、オッシュマンズの店舗拡大を進めていく構えだ。
ただ、オッシュマンズはコロナ禍で業績低迷に拍車がかかっているのが実情だ。2021年2月期実績は売上高22%減の38億2100万円、営業赤字5億3600万円(前期は1300万円の赤字)、最終赤字4億3000万円(同3200万円の赤字)。純資産額はわずか700万円で、債務超過の危機にあった。
親会社のセブン&アイ・HDは昨年7月策定した中期経営計画で事業構造改革の完遂を掲げ、成長分野へ経営資源をシフトする方針を明確にした。傘下の百貨店「そごう・西武」を売却する方向で検討しているのもその一環。成長性の乏しい事業は外部への売却も辞さないというわけで、今回のオッシュマンズも同じ流れにある。
オッシュマンズの経営をどう立て直し、グループ全体の新たな成長戦略を具現化できるのか。満を持してM&Aを繰り出したABCマートの力量が試されることになる。
◎業績推移(単位億円) 店舗数は各期末、※2021年11月末時点の店舗数
19/2期 | 20/2期 | 21/2期 | 22/2期予想 | |
売上高 | 2667 | 2723 | 2202 | 2546 |
営業利益 | 439 | 433 | 195 | 304 |
最終利益 | 302 | 297 | 192 | 209 |
店舗数 | 1285 | 1333 |
1379 |
※1409 |
ABCマートが前回のM&Aを手がけたのは2012年にさかのぼる。約110億円を投じ、「Danner(ダナー)」などのブーツブランドを展開する米ラクロス・フットウエア(オレゴン州)を買収したのがそれだ。ABCマートとして過去最大のM&Aで、米欧でのグローバル展開などを狙いとした。
「Danner」は1932年に誕生し、世界初の防水素材「GORE‐TEX」を使ったアウトドアブーツを製品化したことで知られる。
2014年には子会社化したラクロスを通じて、同じくブーツメーカーの米ホワイツブーツ(ワシントン州)を傘下に収めたが、小規模な案件で、ABCマートとしてラクロス買収後は事実上、M&Aから遠ざかっていた。
ABCマートが海外事業に乗り出したのは2000年代以降。2002年に韓国ソウルに現地法人を設立し、海外1号店を出店した。続く台湾では2010年にシューズ販売の現地企業(現ABC‐MART TAIWAN、新北市)を買収し、出店を始めた。
2021年11月末時点でABCマートの店舗数は1409。内訳は国内1059、海外350(韓国282、台湾61、米国7)を数える。
ABCマートの前身は1985年、靴や衣料の輸入販売商社として始まった。1990年に小売部門に進出し、東京・上野に「ABC‐MART」1号店をオープンした。
2002年に100店舗、2009年に500店舗、2015年に1000店舗、2019年に国内だけで1000店舗を達成した。国内のシューズ市場は現在1兆4000億円規模とされるが、その中でABCマートは1割超のシェアを持つトップ企業に躍進を遂げた。
同社の強みは「HAWKINS」「VANS」など知名度の高い自社ブランドを多数持ち、シューズを商品の企画開発・製造から販売まで一貫して手がけていることにある。接客を通じて得た消費者の最新ニーズに素早く商品開発に取り入れられる利点も大きい。自社による企画開発商品は売上高の3~4割を占め、収益力の高さにつながっている。
ただ、足元はコロナ禍の影響を免れない。2021年2月期は売上高19%減の2202億円、営業利益55%減の195億円、最終利益35%減の192億円。なかでも売上高は上場以来初の減少となった。2022年2月期は反転を見込むが、それでもコロナ前の水準にはほど遠い。
持続的成長の実現に向けて課題は山積している。人口減などで国内のシューズ市場が縮小に向かう中、スポーツアパレル、レディース、アウトドアなどの新マーケットへの展開は待ったなし。「ABC‐MART」を中核とするリアル店舗では商圏や顧客層に応じた店舗業態の開発、またネットによるデジタルコマースの推進も必須だ。
ABCマートが今回、10年ぶりにM&Aの封印を解いた。一連の経営課題に対処するためM&Aにアクセルを踏み込む転機となるのか、要ウオッチといえそうだ。
◎ABCマートの主な沿革
年 | 出来事 |
1985 | 靴、衣料の輸入販売商社「国際貿易商事」を都内に設立 |
1987 | インターナショナル・トレーディング・コーポレーションに社名変更 |
1990 | 小売部門をスタートし、「ABC‐MART」1号店を東京・上野に出店 |
1994 | 「VANS」(米国)の国内商標使用契約を締結 |
1995 | 「HAWKINS」(英国)の商標権を買収 |
2000 | 店頭市場(現ジャスダック)に株式上場 |
2002 | エービーシー・マートに社名変更 |
〃 | 韓国ソウルに現地法人を設立し、海外1号店を出店 |
〃 | 東証1部に上場 |
2006 | 初のレディース専門店「NUOVO」を東京・渋谷に出店 |
2009 | 500店舗を達成 |
2010 | 台湾の靴販売会社ジョイントパワーインターナショナル(現ABC‐MART TAIWAN)を子会社化 |
2012 | ブーツメーカーの米ラクロス・フットウエア(オレゴン州)を子会社化 |
2013 | 国内初の靴製造工場「ABC SHOE FACTORY」(石川県志賀町)を設立 |
2014 | ラクロス・フットウエアを通じて、米ホワイツブーツ(ワシントン州)を子会社化 |
2015 | 国内・海外合わせ1000店舗を達成 |
2017 | 韓国200店舗を達成 |
2019 | 国内1000店舗を達成 |
2022 | スポーツ用品販売のオッシュマンズ・ジャパン(東京都千代田区)を3月1日に子会社化へ |
文:M&A Online編集部