東芝は、2015年7月20日に公表された第三者委員会の調査報告書で、第三者委員会の調査結果の範囲において、税引前利益の要修正額が累計でマイナス1518億円となる多額の不適切な会計処理が、08年度から14年度まで、長期間行われていたと発表した。
この東芝問題に関する報道で使われた「不適切会計」という文言をめぐっては、「不正会計」「粉飾決算」ではないか、という議論があったが、この経緯などについては、全国紙5紙(朝日・読売・毎日・産経・日経)の広報部門に見解を聞いたという『THE PAGE』(ザ・ページ、http://thepage.jp/)に詳しく掲載されている。以下は、当該記事の表現の変更などに関する比較である。
全国紙名 | 現在使用している主な表現 | 表現の変更 | 表現の変更時期 | 表現の使用理由 |
---|---|---|---|---|
朝日新聞 | 不正決算 | 「不適切会計」から変更 | 7月21日朝刊(7月9日に初出) | 不正な会計処理が行われていたことがわかったため |
毎日新聞 | 不正会計 | 「不適切会計」から変更 |
7月17日朝刊 | 経営トップが認識したうえで意図的な利益水増しの決算を公表したことが判明したため |
産経新聞 | 利益水増し問題 | 「不適切会計」から変更 | その時点での編集判断 | |
読売新聞 | 不適切会計 | 変更せず | 事実関係に照らし、その都度適切なものを使用 | |
日経新聞 | 不適切会計 | 変更せず | 記事表現をめぐる判断については公表していません |
出典:THE PAGE「東芝問題、なぜ『粉飾』と呼ばないの? 全国紙5紙に聞いた(2015.07.25 12:00)」より
本記事において、日本公認会計士協会広報グループも取材を受けており、その回答のうち「不適切な会計処理」と「不正会計」については、日本公認会計士協会が公表する委員会報告、研究報告などにおいて関連用語が定義付けされている。
まず、「不適切な会計処理」の定義は以下となる。
「意図的であるか否かにかかわらず、財務諸表作成時に入手可能な情報を使用しなかったことによる、または、これを誤用したことによる誤り」。さらに、この定義を採用した理由として「不適切な会計処理の原因が意図的であるか否かにかかわらず、虚偽表示の状態にある財務諸表について監査人は一定の対応を行う必要があると考えられるため」と補足説明がある。また、その例として、①財務諸表の基礎となるデータの収集または処理上の誤り、②事実の見落としや誤解から生じる会計上の見積りの誤り、③会計方針の適用の誤りまたは表示方法の誤りを挙げているが、東芝の例で重要な争点となったのは、②の会計上の見積もりと考えられる。
次に「不正会計」の「不正」の定義は以下となる。
「不当または違法な利益を得るために他者を欺く行為を伴う、経営者、取締役、 監査役など、従業員または第三者による意図的な行為」。
比較すると、両者の違いは意図的であるか否か、という部分になるだろう。「不適切な会計処理」は、意図的である否かを問わず、結果としての誤り全てを「不適切」として扱う一方、不正の場合には、意図的であることを必要条件としている点が大きな相違である。
この点、前述の全国紙のうち数紙が、経営者の不正事実を判明したことを契機に「不適切会計」からより適切な表現に改めた理由は、日本公認会計士協会の用語定義にも沿っていると言える。
次に「粉飾決算」について考えたい。「粉飾決算」という言葉は、広く一般に認識されているように感じるが、日本公認会計士協会広報グループの回答から、少なくとも日本公認会計士協会の公表物の中に、厳密な定義は存在しないようだ。
以下は私見になるが、「粉飾決算」の位置付けについて考えてみたいと思う。「粉飾」とは、その漢字からも推測されるとおり、紅やおしろいで化粧をすることがそもそもの語源だろう。それが決算の悪い数字を隠し、良く見せようと飾りつくろうことを表す言葉として定着したのだと推測する。そうだとすれば、そこには本来あるべき真実の数字を隠そうという意図が見え、少なくとも不正以上であり、未満では無いと考える。
不適切会計、不正会計、粉飾決算のうち、粉飾決算の定義と不正会計との間の相違点にはあいまいな部分がある。従って、その判断には主観的な要素も含まれ、会計の専門家の立場からも、絶対的な回答はないと思われる。
実務家としての公認会計士の感覚からすると、経営者が仮装隠蔽(いんぺい)の意図を持って決算書を作成し、会計監査人などに対してあえて説明をしない、あるいは虚偽の説明をするという行為は不正であり、粉飾決算そのものである。ただ、それを「不正会計」と呼ぶか「粉飾決算」と呼ぶかに、通常、優劣の意識はなく、単なる名称の違いのように感じる。
東芝問題に関しては、「不適切」という中途半端な表現が「けしからん」という感情を煽った一方で、「不適切会計」は「不正会計」「粉飾決算」も内包した言葉であるため、決して間違いでもなく、どの表現が正しいかに絶対的な解答はないと考える。
さて、実はこの「不適切会計」は、中小企業のM&A実務ではとてもよくある問題だ。次回は、M&A実務に絡めて、これらの言葉について、眺めてみたいと思う。(後編に続く)
文:新井康友(公認会計士・税理士・行政書士)
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