【M&Aの現場】事例が語る廃業の恐怖、M&Aのハッピーリタイア

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後継者が見つからず、高齢を理由に廃業を決める経営者が増えている。しかし、廃業にはデメリットが多いのをご存じだろうか。経営者がM&Aを知らないばっかりに廃業してしまった事例と、計画的にM&Aを進めハッピーリタイアメントを実現した事例の二つを見比べてみたい。

優良企業でありながら廃業を決断

 塗料製造会社の清水インキは、年商5億円で1千万円程度の黒字を計上する、小さいながらも堅実・優良な企業。長年の顧客からの信頼も厚かったが、70歳代の社長の清水は、後継者不在を理由に廃業することを社内外に告知した。

 経営者としては業界の低迷や、社員のこともよく考えた上での決断であり、社員の再就職にも尽力したが、約3分の1の社員は、なかなか転職先が決まらなかった。一方で、廃業を知った顧客は次々に新しい仕入先に切り替え、受注は坂を転がり落ちるように減少。約2カ月で“開店休業”の状態に陥ってしまった。

 そんなとき工場長が「後継者問題はM&Aで解決できる」ことを知り、経営者の同意を得て、会社存続の望みをかけてM&A専門会社に相談に行った。しかし、アドバイザーの答えは「廃業を宣言する前ならM&Aの可能性は大いにあったが、人材も顧客基盤も失った今となっては、買い手が見つからない」というものだった。廃業を決める前にM&Aを検討していれば――、悔やんでも悔やみきれない思いであったが、もはや打つ手はなく、清水インキは廃業の日を迎えた。

 もし経営者がM&Aの道を選んでいたら? 社員はそのまま仕事を続けることができ、得意先は従来通り製品を調達、買い手企業は労せずして事業を拡大できていた。廃業して経営者の手元に残った現金は1億円程度だったが、もし会社を売却していたら、3億円以上の金銭を手にしていただろう。何より、大切に育ててきた会社と社員がさらなる成長を遂げる様子を見守ることができたなら、創業者としてそれ以上の喜びはなかったに違いない。

M&Aによる事業継承で社員に新たな道が開ける

 産業用機械メンテナンスのナカムラ機械技術の経営者は、「60歳になったら引退し、故郷に移り住んで専業農家になる」ことを目標に、早くから具体的なプランを立てていた。 50歳代前半には農地を購入。妻も緑に囲まれた環境を気に入り、「夫婦二人でのんびりしたい」と引退、移住を楽しみに待っていた。

 残る問題は会社の事業承継。 2人の子どもはそれぞれの道を歩んでいる。堅調な業績を見ても、社員や取引先のことを考えても、廃業はあり得ない。社員による事業承継も考えたが、それだけの器のある人材がいても、株式を買い取る資金の調達などの問題があり、現実には難しい。

 還暦を迎えた経営者は、あらゆる可能性を検討した末に結論を出した。答えはM&Aによる事業承継。良い買い手が見つかれば事業がそのまま承継され、社員の雇用を守ることができるし、さらなる事業の発展も望める。自分は安心してリタイアすることが可能で、売却したお金で農業を始める資金に充てることもできる。誰に迷惑をかけることもない。M&Aは経営者にとって、最も合理的な選択肢であり、M&A以外の選択はないと確信した。

 経営者は知人の紹介でM&A専門会社に買い手探しを依頼。ナカムラ機械技術は業績堅調で財務内容も良好であったことから、まもなく半導体製造設備のメンテナンスを手掛ける上場企業が候補として挙がり、約半年のスピード成約でM&Aが成立した。

社員たちは、福利厚生制度や研修制度の整った、安定した上場企業に譲渡されることを喜び、「社長には第二の人生を楽しんで欲しい」と中村を温かく送り出してくれた。退職者もなく、譲渡後はこれまで以上に意欲的に働いており、買収した企業は、業績の良さにも社員の働きぶりにも満足しているという。経営者はM&Aによって、皆が幸せになる“ハッピーリタイアメント”を実現した。



まとめ:M&A Online編集部