会計事務所・税理士事務所のM&A 譲渡価額の目安やメリットを解説

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公認会計士や税理士の資格を持つ専門家が、企業や個人の税務・会計に関するサービスを提供する会計事務所。近年、会計事務所(税理士事務所を含む)のM&Aが増えています。ここでは、M&A仲介会社ストライクの室野謙太が、会計事務所が譲渡を考えた際のM&Aのポイントを解説します。

株式会社ストライク コンサルティング部 第二チーム アドバイザー
室野 謙太(むろの けんた)

専門商社の営業を経験後、税理士法人へ転職。中小企業30社の月次顧問を行いながら、毎月10社の新規顧問契約を継続達成。株式会社ストライクにて、M&A仲介アドバイザー業務、会計事務所との連携業務に従事。

会計事務所(税理士事務所)はどんな理由でM&Aが行われるか

会計事務所(税理士事務所)のM&Aが行われる際、売り手は「後継者不在」、買い手は「事業規模の拡大」を理由にしたケースが多く見受けられます。

譲渡希望者に多いのはこんな状況
譲渡では後継者不在を理由にしたM&Aが多くあります。後継者がおらず、自身の年齢や健康状態、定年退職に伴うスタッフの減少などもあり、引退を考え、M&Aに至るケースが多くあります。

これから先も、後継者不在を理由にしたM&Aは続くと考えられます。日本税理士会連合会が2014年に行った第6回税理士実態調査にもとづく「データで見る税理士のリアル」によると、60-80歳台の税理士は、当時で1万7632人で53.4%と半数以上を占めています。60代は9868人(30.1%)、70代は4343人13.3%、80代は3421人(10.4%)となっています。

前回調査から10年が経過した今(第7回は2024年現在調査中)、税理士人数の多い当時の60代は、70代に入っていることから、引退を視野に入れる会計事務所(税理士事務所)は数多くあると推測されます。

また、業界としても慢性的な人材不足といった課題があり、それを理由にして譲渡を希望する方も少なくありません。

買い手が目指すもの
買い手の取得理由で多いのが事業規模の拡大です。顧問先と人材(事務所従業員)の獲得とエリアの拡大を図り、業績向上を目指します。

積極的にM&Aを行う大手の会計事務所では、国内大手の辻・本郷税理士法人と税理士法人山田&パートナーズなどが挙げられます。2001年の税理士法改正で、会計事務所(税理士事務所)の法人化が認められ、支店を設けて全国展開が可能となり、個人事務所が一般的だった2000年代から率先して買収・統合を繰り返し、規模拡大を進めています。

会計事務所(税理士事務所)M&Aのメリット

後継者がおらず引退を考えた場合、M&Aか廃業かのいずれかを選ぶことになります。その際に気にかけるのが自身の顧問先です。

廃業を選択した場合、知り合いの会計事務所(税理士事務所)に顧問先の引継ぎを依頼することが多いようです。しかし、相手先のキャパシティに余裕があるとは限らず、双方にとって望ましい状態になるとも限らないようです。M&Aの場合は、顧問先をまとめて、譲渡を望む相手に引き継ぐことができるのです。

また、会計事務所(税理士事務所)のM&Aは、事業会社が関わる一般的なM&A案件に比べて、譲渡までの期間がかなり短いのも特徴です。買い手が求めるのは、顧問先と人材の2つがメインで、デューデリジェンスと呼ばれる買収監査が簡易的に行われることが多いです。一般的な案件が7カ月~1年かかるのに対して、早ければ3~4カ月で完了します。

会計事務所(税理士事務所)の譲渡価額の目安

M&Aを進めるにあたって、当事務所がいくらで売却できるか、買収できるかは最も気になるところでしょう。

譲渡価額は個人・法人を問わず、一般的に8掛け(売上高×0.8)が目安と言われています。実際の取引ではそれ以上で売却されたケースもあります。また、事務所従業員の人数も影響し、経験豊富な従業員の人数が多いほど、譲渡価額は高くなる傾向にあります。

また、譲渡対象が法人の場合には、「純資産+営業利益1年分」を用いることもあります。この場合も、事務所従業員の人数が譲渡価額を左右するひとつの要因となります。

なお、譲渡価額は、最終的には売り手と買い手が納得する価額で取引が成立します。できるだけ高く売りたいと考える主観的な評価による売却希望価額と、事業活動の一環として行う客観的・合理的な評価に基づく買収希望価額の落としどころが、最終的な譲渡価額となります。

一般的にいくらで売買されているか、取引相場を知りたい方は、会計事務所(税理士事務所)のM&A実績が豊富なM&A仲介会社に聞いてみるとよいでしょう。

譲渡しやすい会計事務所とは?

このほかのポイントとして、譲渡のしやすさにも留意しておきたいところです。譲渡価額を左右するのは「従業員」と述べましたが、現在、雇用関係にある従業員が、譲渡後も継続して働く見込みが立っていれば、譲渡しやすくなります。事務所の所在地も重要で、都市部にあるほど、買い手が見つかりやすくなります。

売り手、買い手ともに個人の場合、近いエリアでM&Aが行われる傾向にあります。法人が買い手の場合は、支店を出すことを目的とすることもあり、近場のみならず遠方の会計事務所(税理士事務所)をM&Aすることもあります。

会計事務所(税理士事務所)のM&A手法と課税上の取り扱い

事業会社の手法(スキーム)で最も多いのは株式譲渡ですが、個人の会計事務所(税理士事務所)が譲渡をする場合は、事業譲渡となります。株式譲渡では包括的に事業を承継することになりますが、事業譲渡では債務や債権を引き継ぎません。ただし、顧問先との契約や事務所スタッフとの雇用契約については、自動的に引き継げるわけではなく、再契約を結ぶことが必要になることは留意しておきましょう。

また、課税上の取り扱いで、個人の会計事務所(税理士事務所)が事業譲渡をする際の所得は、譲渡所得と認識される方がいますが、雑所得となります。国税不服審判所の裁決事例集でもそのことが公表されています。

会計事務所(税理士事務所)のM&Aスキーム

売り手 買い手 対象 手法(スキーム) 売り手の課税 買い手の課税
個人 個人 事業 事業譲渡 雑所得 経費
個人 法人 事業 事業譲渡 雑所得 損金
法人 法人 法人格 合併 損金または益金 損金


M&Aは交渉次第で看板を残せる

最後に、事務所の看板についても触れます。会計事務所(税理士事務所)の所長から相談をいただく際、M&Aにより自身の看板が消えるのではないかという不安を聞くことがあります。

地域で代々、営んできた事業所も多く、顧客に不安を与えたくないと考える所長が多いようですが、廃業を選択しても顧客に対する負荷は同じです。その点、M&Aでは「看板を残す」ことを条件に交渉することもできます。

近い将来を考えて、何からしら不安があるならば、M&Aをひとつの選択肢として検討してみてはいかがでしょうか。