著者 有森隆が語る『海外大型M&A 大失敗の内幕』の最新事情

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数あるビジネス書や経済小説の中から、M&A Online編集部がおすすめの1冊をピックアップ。M&Aに関するものはもちろん、日々の仕事術や経済ニュースを読み解く知識として役立つ本も紹介する。

今回ご紹介するのは、『海外大型M&A 大失敗の内幕』(有森 隆著、さくら舎 )だ。読みどころを著者の有森隆氏に伺った。


著者・有森隆氏が語る『海外大型M&A大失敗の内幕』の読みどころ

キリンホールディングスとJTの最新情報も付け加え、著者の有森隆氏が読みどころを紹介する。

読みどころその1 経営トップの焦りで見誤ったキリンホールディングス

キリンホールディングスは2017年2月13日、飲料事業子会社のブラジルキリンを、オランダのハイネケン傘下のブラジル大手ババリアに約770億円(1レアル=35円で換算)で売却すると発表した。

キリンは2011年に当時、ブラジル国内でシェア第2位だったスキンカリオール(現・ブラジルキリン)の持株会社を約3000億円かけて買収。中国、米国に次いで世界3位のビール市場を持つブラジルに進出した。ところが、価格競争の激化で他社にシェアを奪われ、3位に後退。赤字経営が続いていた。

キリンは15年12月期決算では約1100億円の減損損失を計上し、上場来初の最終赤字に転落した。ブラジルキリンの16年12月期の営業損失は90億円。15年12月期の営業損失(185億円の赤字)から赤字幅が縮小した結果、やっと買い手が現われた。キリンはわずか6年でブラジル市場から撤退した。

キリンHDはなぜ、ブラジルのビール会社のM&Aに失敗したのか。

原因は経営トップの焦りにある。

キリンは「スーパードライ」で空前の大ヒットを飛ばしたライバルのアサヒビールに業界首位の座を明け渡した。2006年にキリンの社長に就いた加藤壹康(かずやす)氏は、海外M&Aに打って出る。勢いを駆って、2009年にサントリーホールディングスとの経営統合に取り組む。両社が合併すれば、米ペプシコに迫る世界第5位の巨大な酒類・食品メーカーが誕生する。

サントリーHDは未上場の同族会社だ。加藤氏は、創業家一族の資産管理会社・寿不動産からサントリーHD株を買い取る算段だった。サントリーHDの総帥である佐治信忠氏は株式交換方式を主張した。サントリー側が提示した統合比率では、表面上はキリンによるサントリー買収だが、その実態は、寿不動産が新会社の断トツの大株主となり、鳥井家と佐治家がキリンを実効支配することを意味した。キリンにしてみれば、庇を貸して母屋を取られる格好になる。

「小が大を呑む謀略ではないか」キリンは三菱グループの有力企業だが、三菱グループの社長会である金曜会の長老たちが統合反対の狼煙をあげた。「加藤を佐治のパペット(操り人形)にさせないぞ」が金曜会の合言葉になったという。キリンとサントリーの統合交渉は破談。加藤氏は引責辞任した。

2010年キリンHDの後任社長に三宅占二氏が就任。M&Aによって海外市場を攻略する路線を継承した。この頃には海外のビール市場で大型再編が一段落しており、優良な買収案件は少なかった。キリンは売れ残っていたスキンカリオールに飛びついた。
スキン社の創業家の内紛は、業界では知らない人がいなかった。無謀にも、キリンは金で解決できると高をくくっていた節がある。だが、問題企業を買収した代償を大きかった。買収早々、創業家間の争いのトバッチリで、キリンはいきなり法廷闘争に巻き込まれた。買収価格は2000億円から3000億円にハネ上がった。

M&Aに焦りは禁物。海外のビール大手は、信用度、経営陣の問題点、資産内容などを細かく洗い出して、スキン社を買収しないことを決めていた。企業を品定めする眼力が、キリンのトップにはなかったから、ババを掴んでしまった。

読みどころその2 短期的には成功したJTの海外M&A

日本たばこ産業(JT)の海外M&Aは短期的には成功した。JTはM&Aで「成長の時間を買った」と、常々言っていた。1999年に米RJRナビスコの海外たばこ事業(RJRI)を傘下におさめ、2007年には英ギャラハーを買収した。RJRIが9400億円、ギャラハーは2兆2500億円。買収額は、それぞれの時期の日本企業による企業買収額としてはいずれも過去最高だった。3兆円超のクロスボーダーのM&Aで、JTは世界3位のたばこメーカーとなった。

JTの前身は、言わずと知れた日本専売公社。典型的な内需型企業で、グローバル化を担えるような人材はいなかった。5代目社長の木村宏氏は、日本人に依存しないでグローバル化を進めた。現地に権限を委譲し、丸投げしたのである。この木村氏の決断が、海外たばこ事業が稼ぎ頭に生まれ変わる転換点となった。

JTのグローバル戦略は他社にみられないものだ。海外事業を担うスイス・ジュネーブに本社を置くJTインターナショナル(JTI)を「世界本社」と位置付けている。2016年12月期のたばこ事業の売上収益(売上高、国際会計基準を適用しているので売上収益となる)は、海外が1兆1992億円、国内が6842億円。いまや「世界本社」JTIにぶら下がる「ローカル本社」がJTというのが実態だ。

だが、JTが得意としてきたM&Aを駆使した成長も曲がり角にさしかかった。英たばこ大手のブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)は今年1月、米2位のレイノルズ・アメリカンを約5兆6000億円)で買収することで合意した。すでに42.2%分の株式を取得済みだが、残り57.8%分を買い取る。世界首位の米フィリップ・モリス・インターナショナル(PMI)に対抗する。たばこ業界の新たな巨人が誕生する。

JTの収益規模は、2社に、大きく水を開けられた。世界4位の英インペリアル・ブランズを買収する手が残されているが、JTがインペリアル・ブランズを買収するには、独占禁止法の壁がある。英ギャラハーを傘下にもつJTが、インペリアルを合併すると英たばこ市場シェアが8割を超えてしまうからだ。

たばこに依存した成長は困難になっている。成長はストップ。そうなれば、1兆6020億円という気が遠くなるような「のれん」代をどう処理するのかが喫緊の経営課題となる。この帰趨によって、クロスボーダーM&Aが成功したか、失敗したかの最終評価が定まる。

17年3月に開催された株主総会では、「医療のM&Aを仕掛け、医療を成長の柱にすべきだ」という質問が株主から寄せられたという。JTは鳥居薬品を傘下に持っている。

以上、キリンとJTの2社について最新情報を含めて書いてみた。

読みどころその3 海外投資銀行の餌食になるな-日本企業の経営者に不足しているもの

拙著『海外大型M&A大失敗の内幕』のあとがきでも触れたが、M&Aでは「買い手に高いリスクが伴う」。インドの後発薬メーカーのオーナーの兄弟は、第一三共に超高値で会社を売り払い、大富豪になった。今ではインドの「病院王」の名声をほしいままにしている。

M&Aは多くの場合、売り手がボロ儲けできるのである。

日本企業ならびに経営者には「会社を売って儲ける」という成功体験が決定的に不足している。これが、中身はボロボロなのに、表面だけを繕い、厚化粧した会社を買わされて臍を噛む根本的な原因になっている。

米国の著名な投資銀行は傷物の会社をしたり顔で日本に売り込む。日本の生損保会社が、この餌食になった。棚ざらしになっていた米国の保険会社が次々と日本企業の傘下に入ったのだから、驚かされる。

拙著では海外M&Aに潜む罠として、「のれん」の問題をくどいほど取り上げている。大型買収の「のれん」代は半端ではないからだ。買収した側の業績に重くのしかかることを、具体例を挙げて指摘した。

現在、「第3次M&Aブーム」との声が兜町でよく聞かれる。SMBC日興証券の調査だと、東証1部上場企業が関与するM&A案件は、買収金額ベースで2006年と2012年にピークを付けている。13年にはいったん減少したが16年は過去2番目の12年に肉薄したという。件数では過去最高だったとしている。

SMBC日興証券とは調査の基準が少し異なるが、M&A助言会社レコフの調べでは、2016年度の日本企業による海外企業買収額は、前年度比約3割増の10兆9127億円(過去最高)に達した。ソフトバンクグループによる英アーム社の買収が大きく寄与したものだが、件数ベースでも627件(前年度比6%増)と、やはり過去最高だったという。

とはいうものの、2006年の米ウェスチングハウス買収が東芝転落劇の序章になったように、M&Aが中長期的に見て、必ずしもプラス材料になるとは限らないのが難しいところだ。

コメント・文:有森 隆